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事務局ニュース【NO.2016-175】

【第10回シンポジウム『認知症と向き合う〜すこやかに老いるために〜』開催報告】

さる3月4日(土)には、『認知症と向き合う〜すこやかに老いるために〜』というテーマで、 第10回シンポジウムが東京医科歯科大学の鈴木章夫記念講堂で開催されました。

認知症は今や国民的な課題であることもあって、今回はとりわけ一般の方々にたくさんご来場いただけたシンポジウムとなりました。 医療従事者、研究者、メディア、企業、学生の方々などを含め、400名を超える参加があり、 これまでの当機構の活動の中でも最大のイベントとなりました。

シンポジウムでは、医療の側面のみならず、社会作りや人の生き方にも焦点をあて、 様々な観点から認知症について考えを深められるよう、幅広い分野からそれぞれの第一人者にご登壇いただきました。 第1部では「科学の観点から」というテーマの下、認知症に関する医療・ケアの現状や、治療に向けた最新の研究開発に関する 紹介などがあり、第2部では「社会学的アプローチから」という観点から、認知症患者が増える中での政策の方向性や、地域作り、 患者への寄り添い方にかかる報告や提案などがなされました。

【第1部 科学の観点から/Science】「認知症医療の現状と最先端の医療開発」

基調講演I

「アルツハイマー病の分子病態と超早期治療に向けての研究開発」 [講演資料]

岩坪 威(東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 神経病理学分野 教授, J-ADNI主任研究者)

認知症の中で一番多いのは、アルツハイマー病(以下、「AD」)である。

・ADの主な原因は、脳細胞等の外に「アミロイド・ベータ(以下、「Aβ」)」という繊維状の蛋白質がたまることであることが 分かってきた。ただ、加齢によるAD(遺伝性ではないもの)で、どういう原因でAβが増えるのかはまだ明らかではない。

・ADを根本的に治す薬はまだ開発されていない。一方、ADの進行を遅らせる治療薬としては、@Aβが出来にくいようにする 「阻害薬」(Aβを作る蛋白質分解酵素を働きにくくする薬)や、A出来てしまったAβを減らしたり、溜まりにくくしたりする 「抗体薬」などが、既にいくつか使われてはいるが、決定的なものはまだ開発されていない。

・実は、ADが症状として現れる20年以上も前から、脳の中ではアミロイドの病的な蓄積が始まっており、 この期間は「Pre-clinical AD(発症前のAD)」と呼ばれている。

・したがって、ADを根治するためには、生活習慣病と同じように「発症してから治療」をしようとするのではなく、 「早期の予防」を行うことが大切である。具体的には、適度な運動や、肥満防止を含む生活習慣病の予防・ 治療などが効果的と考えられている。


講演その1

「米国における認知症研究成果の社会還元と啓発活動」 [講演資料]

井原 涼子(東京大学医学部附属病院 早期・探索開発推進室、神経病理学 特任助教)

・米国では、研究施設が地域社会に対して行う「アウトリーチ」という活動が盛んに行われている。

・米国でも最大級の研究施設を有するワシントン大学セントルイス校の実例をみると、3つのコホート研究 (ある地域や集団を対象に、長期間に亘り健康状態と生活習慣や環境等との関係を調査する研究)が行われている。 そこでは、@研究に協力する被験者たちに最新の研究成果を報告したり、A被験者同士の交流の場を作ったり、 B地域住民向けの講座を開くなど、いろいろな「アウトリーチ」の工夫がなされている。

・日本でも、患者や市民が、治療に向けた研究や疾病について、正しく知る場を作っていくことが重要である。 そうした正しい知識を持ち、関心を持つことは、「病気に対して共に闘う」、「社会全体で病気を克服するために、自分も研究などに協力する」という姿勢が生まれる第一歩となる。


講演その2

「アルツハイマー病疾患修飾薬のグローバル研究開発の最新動向」[講演資料]

後藤 太郎(日本イーライリリー株式会社 研究開発本部 精神神経疼痛領域 医学部長)

・アルツハイマー病(以下「AD」)については、ここ10年以上新薬が出ていないなど、治療薬の開発は大変難しい状況が続いている。しかし、現在開発途上のものも少なからずみられていることから、今後希望は持てる。

・ただ、症状が進行してからでは治療は困難であること、それにも拘わらず患者が受診するタイミングはかなり遅いケースが多いこと、そして診断後の医師と患者とのコミュニケーション面でも課題があるなど、研究開発面のみならず患者ケアにおいて克服すべき点は多い。


基調講演II

「認知症医療・ケアの現状と課題」[講演資料]

三村 将(慶應義塾大学医学部精神神経科 教授)

日本における認知症の医療・介護にかかる経済的コストは14.5兆円にものぼると試算されている。このうち、家族等によるケアを経済的価値に換算したものは4割程度であり、 かなり大きなウェイトを占めている。

・認知症は、@記憶障害・判断力の低下といった「中核症状」のほか、A妄想・幻覚やうつ、あるいは徘徊といった「周辺症状」(精神症状や問題行動)を伴うことが多く、 後者も患者本人や家族にとっては大変な負担となっている。

・認知症に対しては、@薬物療法を中心とした「生物学的なアプローチ」と、A介護・支援や認知リハビリテーションといった「心理・社会的なアプローチ」とがある。

・このうち、薬物療法については、認知症の進行を遅らせる「対症療法」として、ドネぺジルなどいくつかの薬が使われている。また、より早期に疾病を発見したり、 治療の効果をみたりする上で、ポジトロン断層撮影(PET)などによる画像診断が重要になってきている。

・「ものが盗られた」といった妄想や徘徊などの精神症状や異常行動は、実は認知障害に伴う状況をなんとかしたい、という本人なりの反応であることも多く、 そうした問題の裏にある本人の不安やストレスの存在を理解していくことが大事である。周囲の接し方が変わるだけでも症状が改善することがある。 また、「認知リハビリテーション」も、特に軽症の間は残った能力を維持していく上で効果が期待できる。その際には、いやいや行うのではなく、 本人がやりたいことや楽しめることに取り組んでいくことが大切である。

・最近では、そうした本人が直面している混乱や不安を理解し、自分らしく心穏やかに過ごすことを重視した「利用者本位のケア(person-centred care)」 が中心になってきており、地域に密着し、社会全体で支えていくという新しい認知症ケア・モデルも注目されてきている。


【第2部 社会学的アプローチから/Society】「認知症と生きる」

講演その1

「認知症施策/最近の動向」[講演資料]

新美 芳樹(藤田保健衛生大学神経内科学 助教)

・日本では認知症の人の数は増加しており、現在の「高齢者7人に1人」から2025年には「5人に1人」にまで増えると予想されている。

・認知症対策が重要であるとの認識は先進国間で高まっており、英国で「認知症サミット」が2013年に、またこれを受けた各国のイベントもその後1年にわたって開催され、WHO大臣級会合の場でさらに全世界的な問題として対応していこうとなってきている。

・日本では、住み慣れたよい環境で自分らしく暮らせる社会作りを目指した「新オレンジ・プラン」が2015年1月に発表された。そこでは、@知識の普及・啓発(「認知症サポーター」の養成等)、A適切な医療・介護の提供(かかりつけ医から専門医療まで、また医療と介護の有機的な連携等)、B若年性認知症への対応の強化、C介護者への支援(「認知症カフェ」の開催や、「認とも」の居宅訪問等)、D高齢者にやさしい地域作り(見守り体制の構築等)、E「研究・開発の推進」という6つの注力分野と、それらに共通した事項として「F患者本人やその家族の視点の重視」の7つの柱が示された。

・認知症への対策としては、@関係主体がそれぞれの役割を果たしながら、国を挙げて取り組むこと、A先んじて手を打つこと、B地域を再生すること、C国際的に発信すること、そしてDこれまでの対策の効果を認知症の人やその家族の意見を聞きながら、定量的に評価し、随時点検していくことが重要である。


講演その2

「超高齢社会への対応 −生涯現役社会の構築を目指して−」[講演資料]

江崎 禎英(経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課長

・経済が豊かになり誰もが健康で長生きすることを望めば、社会は必然的に高齢化する。「高齢化対策」を声高に叫ぶことは、あたかも歳を取るのが悪いことであるかの如き印象を与え、お年寄りの方々に肩身の狭い思いをさせるだけでなく、政策の方向性をも誤らせる。

・取り組むべきは、人口構造の変化を踏まえて「社会経済システム」そのものの見直しを行うことである。@必要な栄養を摂り、A社会的役割を持ち、B心にときめきを持ち続けている人は永きに亘って心身ともに健康である。超高齢社会にとって必要なことは、誰もがそれぞれの年齢や体力に応じて社会の一員としての役割を果たすことが出来る「生涯現役社会」を構築すること。

・生涯に亘ってゆるやかに社会に関わり続けられるよう、地域の経済活動と一体となって社会参加を促す仕組みを構築することで、これまでコストであった部分が資源に変わる。年齢が進むにしたがって、健康や日常生活を維持するために必要なサービスも多様化する。こうした「健康需要」に対応するためのサービス(公的保険外の健康サービス)を創出し、地域資源を活用しながらそれぞれの地域の実情にあった供給体制を整えていくことが重要である。

・その上で、自分の最期の生き方について納得した選択を行い、「与えられた人生を元気に生ききる」ことができる社会を築くことが、世界で最も高齢化の進んだ我が国の課題である。


講演その3

「認知症の患者さんとその家族をサポートする漢方」[講演資料 ]

渡辺 賢治(慶應義塾大学環境情報学部、医学部兼担教授)

・漢方は、「病気」ではなく「人」を診る医療であり、最後まであきらめず、その人に寄り添う医療である。認知症には、@記憶障害や判断力の低下といった「中核症状」やA徘徊・妄想・不安といった「周辺症状」とがあるが、漢方では、そうした認知症の諸症状の改善だけに留まらず、患者と家族が(あるいは介護者まで含め)平穏に過ごせることを目的とした幅広い治療を目指している。

・認知症とは、身体の老化よりも脳の老化が早く到来して、双方のバランスがとれていない状況を指すが、アルツハイマー型の場合にはその期間が10〜15年にも亘るなど、「認知症は長い旅」であるといえる。漢方は、心身の状態を整え、患者の尊厳を重んじる医療であり、そうした「長い旅」を支える道具であるといえる。

・ぜひ、患者や家族だけで悩みを抱えずに、漢方医にも相談をしてみてほしい。


講演その4

「メディアからみた認知症」[講演資料 ]

飯田 祐子(読売新聞東京本社 社会保障部)

・ほんの10年ほど前には、まだ認知症に対する偏見が強く、本人や家族に取材するのも容易ではなかった。読売新聞で認知症の連載を始めた2012年ごろから、実名で取材に応じてくれることが増えた。 今では本人が公の場で発言することも珍しくなくなり、隔世の感がある。

・2025年には、認知症の人が約700万人まで増える見通し。その影響は、医療・介護だけでなく、街づくりや社会的費用などにも及び、最近では交通事故との関連もクローズアップされている。 認知症は国家的な課題と言え、であり、社会の関心を高め、世論形成や政府の対応を促すことが、メディアの役割と考えている。

・認知症は、年を取れば誰でもなりうるものであるので、身近な問題として関心を持ってほしい。一人ひとりが、気軽に認知症の人や家族に手を貸すことができる社会にしたい。

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