Twitterは電子署名の引き金を引くか?
〜ソーシャルメディアの世論形成への影響を数理モデルで解明〜
東京大学医科学研究所・慶応義塾大学の研究グループは、漢方保険継続運動の署名数にソーシャルメディアの与えた影響の推定に成功した研究成果を、PLOS ONE誌に発表致します。
本研究では、事業仕分けによる漢方薬健康保険適用除外に対する署名運動において、多くの反対署名がTwitterおよびインターネット掲示板の発言から影響を受けた人々によりなされた可能性が高いことを数理モデリングに基づくデータ解析により明らかにしました。
ソーシャルメディアが日本の医療政策に関する世論形成に大きな影響を与えたことを解明した研究が国際的ピアレビュー雑誌に掲載されるのは初めてです。 本研究の手法は、社会現象に潜む情報を分析する有望な手段となることが期待されます。
【発表概要】
ソーシャルメディアが世論や政治に与える影響は大きいと考えられていますが、その影響の定量化はこれまで困難でした。本研究では、ソーシャルメディアが日本の医療政策に関する署名運動に与えた影響の定量化を、数理モデリングに基づくデータ解析により試みました。 民主党政権の事業仕分けにおいて、漢方薬が保険適応除外方針となったことを受け、日本東洋医学会らは署名運動を展開し、3週間で924,808名の署名が集まり保険適応除外は回避されました。インターネット上の署名運動では、署名数の急峻な増加が11月27日から30日の4日間に認められました。同時期に、Twitterでの「漢方」「署名」をふくむつぶやき(Tweet)数、インターネット掲示板(2ちゃんねるまとめサイトハムスター速報)の書き込み数でも、急峻な増加が認められました。しかしながら、それらの発言が実際の署名行動にどのような影響を与えたかを知ることは困難でした。
本研究では、署名数時系列に対する各ソーシャルメディアの影響を分離抽出する数理モデルを構築し、データ解析を行いました。その結果、Twitterの寄与度は26%、インターネット掲示板の寄与度は52%となり、複数のソーシャルメディアの署名数に与えた影響を定量的に分離することに初めて成功しました。署名数の爆発的増加は2回認められましたが、初回にはTwitterが、二回目にはインターネット掲示板の影響が大きいことが明らかになりました。Twitterが署名数爆発の引き金を引き、医療政策決定に大きく寄与したと考えられます。
ソーシャルメディアの与える影響の定量化は、世論合意過程と政策合意形成の解析に有用であり、本研究の手法は社会現象に潜む情報を分析する有望な手段であると考えられます。
【研究の背景】
Twitterなどのソーシャルメディアは世論や政治に大きな影響を与えると考えられており、影響を解析するための様々な試みが行われています。しかしながらソーシャルメディアの利用者の多くは受動的に情報入手を行うだけであり、さらに様々なメディアが存在していることなどの理由から、影響の定量化は困難でした。
民主党政権の行政刷新会議は、2009年11月11日の事業仕分け会議において、漢方薬を健康保険適応から除外する方針を示しました。日本東洋医学会・日本漢方臨床医会・健康医療開発機構・医療志民の会の4団体は漢方保険継続運動を展開しました。署名運動は署名用紙配布による旧来の書式署名とインターネットでの電子署名の2種類の方法で行われました。最終的には書式署名では828,846名、電子署名では95,962名の署名が寄せられ、漢方薬の健康保険適応除外は回避されました。
電子署名の数は、11月27日から11月30日の4日間に爆発的に増加し、収束していきました。同時期に、「漢方」と「署名」の2単語を含むつぶやき(Tweet)の数がTwitter内で爆発的に増加していました。さらに同時期に、インターネット掲示板における漢方薬署名運動に関する書き込み数も爆発的に増加していました(図1)。また11月27日夕方に薬事日報社のホームページにアクセスが集中しましたが、これは11月13日の同社記事『【ツムラ・芳井社長】漢方薬 の“保険外し”に反発―「事業仕分け」の結論を一蹴』の閲覧により引き起こされたものであり、アクセス集中はインターネット上の漢方保険継続運動の盛り上がりを示唆するものでした。
本研究ではソーシャルメディアが世論に与える影響を定量化するため、署名数時系列に対する各ソーシャルメディアの影響を分離抽出する数理モデルを構築し、ソーシャルメディアが日本の政策決定に関する署名運動に与えた影響について解析しました。
【研究方法】
署名数時系列に対する各ソーシャルメディアの影響を分離抽出する数理モデルを状態空間モデルの枠組みにより構築し、1時間あたりの署名数、Twitterでの「漢方」「署名」の2単語を含むつぶやき(Tweet)数、インターネット掲示板への投稿数を解析しました。インターネット掲示板への投稿数は、「ハムスター速報」内の「事業仕分けで漢方薬が危険」というスレッド内の投稿数を用いました。これは、前述の薬事日報記事に、インターネット巨大掲示板「2ちゃんねる」のまとめサイト「ハムスター速報」内の「事業仕分けで漢方薬が危険」という投稿スレッドよりリンクが張られていたことによります。2009/11/27の17時から19時には、電子署名数の爆発的増加のため署名サーバーが停止し署名が収集できませんでしたが、カルマンフィルタアルゴリズムを用いたベイズ推定により適切に解析を行いました。
【研究結果・考察】
構築した数理モデルを用いてデータ解析を行い、Twitter、インターネット掲示板などのソーシャルメディアが電子署名数に与えた影響の定量化を試みました。結果、署名数全体のうち、ソーシャルメディアの寄与度は78%であり、内訳はTwitterの寄与度が26%、インターネット掲示板の寄与度が52%となりました(図2、図3)。署名数の爆発的増加は2回認められましたが、初回の爆発的増加にはTwitterが、2回目の爆発的増加にはインターネット掲示板が、それぞれ大きく寄与していました(図3)。Twitterが署名数爆発の引き金を引き、インターネット掲示板がそれに続き、最終的には924,808名の署名数が集まり、この署名運動が、漢方薬保険適応継続という医療政策決定に大きく寄与したと考えられます。
初回の署名の爆発的増加は、インターネットの利用時間ピークから外れた、11月27日の午前1-3時という深夜に起こっていました。同時期に、Twitterにおいて「漢方」「署名」という通常言及されない単語を含んだつぶやき(Tweet)が激増していました。Twitterは、他者のつぶやきを引用するretweetという方法で情報を他者に伝播するという特徴を有しますが、Twitterのリアルタイムの強力な伝播力によって漢方保険継続署名運動が周知され、深夜に署名数が激増したことが明らかとなりました。
本事例においては、匿名の利用者の間で、情報が迅速に伝播され、匿名の利用者が個人の氏名と住所を提供する署名運動に賛同し、署名数が爆発的に増加するという現象が生じたことが極めて興味深い点です。ソーシャルネットワークにおいては、親しい関係にある知人が行動に大きな影響を与えるとの報告がありますが、本事例においては、全く親しくない関係である匿名利用者間で、Twitter/インターネット掲示板で情報が共有され、署名が行われました。
寄与度の比較により、2つのソーシャルメディアが有する影響の特性が示されました。
Twitterではリアルタイムの強力な伝播力を有し、経時的に次々に新しい話題が投稿される一方で、同じ話題が継続して投稿されることは少ないため、影響を長期間持続することは困難であるという特性を有します。一方、インターネット掲示板では特定の話題が議論されており、新規の参加者が過去の議論を追うことが容易であるため、影響を長期間持続することが可能であるという特性を有することが示されました。
本研究にはいくつかの限界があります。本研究は日本語でのつぶやきに限定されているため、日本人特有のバイアスを有していると考えられます。Twitter利用者・署名提供者・インターネット掲示板利用者は日本の住民全体の民意世論を反映していない可能性があります。Twitter利用者、インターネット掲示板利用者は匿名であり、相互関係を解析するのは困難であるため、ソーシャルメディア間の影響については解析を行っていません。Twitterは著名人などのつぶやきがより迅速に多数の利用者に共有されるという特性を有しているため、解析においては通常、個々のつぶやきに重み付けが行われていますが、今回の解析ではTwitterの個々のつぶやきに関して重み付けは行っていません。
【今後の展開】
ソーシャルメディアが各種事象に与える影響の定量化は、世論合意過程と政策合意形成の解析に有用です。次回参議院選挙からのインターネットを利用した選挙運動の解禁へ向け、与野党での共同法案が協議されています。選挙にもソーシャルメディアは大きな影響を与えると予想されます。本研究の手法は、社会現象に潜む情報を分析する有望な手段となることが期待されます。
本研究は公益財団法人吉田秀雄記念事業財団平成22年度(第44次)研究助成に支援されました。
【発表論文】
雑誌名:PLOS ONE
論文名:“Does Twitter trigger bursts in signature collections?” (Twitterは電子署名の引き金を引くか?)
著者:山口類1,井元清哉1, 上昌広2, 渡辺賢治3, 宮野悟1, 湯地晃一郎4
所属:1東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターDNA情報解析分野・シークエンスデータ情報処理分野,
2東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門,
3慶應義塾大学医学部漢方医学センター 4東京大学医科学研究所附属病院内科
DOI番号:10.1371/journal.pone.0058252
発表日時(解禁):2013年3月7日午前7時(日本時間)/ 3月6日午後2時(太平洋標準時)
問い合わせ先:
湯地晃一郎(ユジ コウイチロウ)東京大学医科学研究所 附属病院 内科 助教
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1 Tel 03-3443-8111 (代表)
E-mail:yuji-tky at umin. ac. jp
プレスリリースURL:(NPO健康医療開発機構)
http://www.tr-networks.org/usr/NPO-usr-504-108.html
※プレスリリース[PDF版]