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事務局ニュース【NO.2017-179】

第37回健康医療ネットワークセミナー開催報告

「自己への配慮」としての認知症予防〜Zoteria東海15年のあゆみから〜

【講師】小徳 勇人氏(ルリア記念クリニック院長)

3月に開催した第10回シンポジウムでは、「認知症」をテーマにし、400名を超える方々が参加され、多くの反響をいただきました。当日は時間の制約上、 細部にわたる意見交換の余裕がなく、今回はそのフォローアップとして、茨城県東海村などで、認知症の患者さんや高齢者の皆さんと向き合っておられる小徳勇人先生にお願いしたものです。 2017年4月5日、53名の方に参加いただき、東京大学医科学研究所で開催しました。
老いとは何か、アルツハイマー型認知症とはどのような病気かなど、脳の機能について、また、薬物療法のみならず、 行動や生活の見直しがどのような効果をもたらすか、倫理や哲学上の観点も含め、示唆にとむお話です。

【講演要旨】【講演資料はこちら

今回の講演タイトルは、フランスの哲学者ミッシェル・フーコーの『性の歴史』三部作の中の『自己への配慮』にちなんだものです。高齢者は、年をとっていることを理由に、 若い人から軽蔑、嫌悪され、無理解や不合理な恐れによって社会から排除される傾向にあり、ネガティブにステレオタイプ化されたイメージが醸成されています。 さらに、認知症という病気は、相当に自己の尊厳を貶めます。だんだんむずかしくなる自己の保存と社会関係に配慮しながら治療にあたらなくてはなりません。

●「私は、私のままでずっといたい」

前頭側頭葉変性症はピック病を中心とした認知症タイプです。ミラーニューロンシステムのダメージにより、相手の言動を単にまねすることが増えますが、人の気持ちを理解することは逆に困難になってくる。 A・Rルリアというロシアの神経学者のいう「保続」という前頭葉症状が出現すると、状況にシンクロできず、がんこで自縛的な行動に支配される。ピック病では神経軸索内タウの過剰なリン酸化によりマイクロチューブリンが崩壊し伝導異常が起こります。これは神経細胞自身のダメージより早くネットワーク障害として認められます。特に社会脳と呼ばれる脳内機能システムの障害が顕著です。前頭葉や扁桃体・海馬のネットワーク障害をきたし、対人関係や家族関係にダメージを与える社会的認知症を引き起こすのです。 脳の機能障害というと、機能低下を考えがちですが、部分的な機能だけが亢進することもあります。自分を感情を抑制したり、周囲に同調することが下手になること(脱抑制)があります。それが認知症を見守る人達の感情をかき乱し、介護する人も認知症の妄想世界に組込まれ、それによりシルバーハラスメントの関係になることもあります。心理行動における齟齬には、それなりのメカニズムがあるのです。 クリスティーン・ブライデンさん、この名前を聞いたことがあるかもしれません。若年性アルツハイマー型認知症の当事者として、何度も来日されています。元々は多数の官僚組織を率いる「白い悪魔」と呼ばれたオーストラリア政府の高官でした。三人の娘をもつシングル・マザーでしたが認知症と診断されたことをきっかけに、大切なのは伴侶だと気づき、教会で知り合ったポールさんと結婚。「アルツハイマーという病気をもっているけれど、私は私のままでずっといたい。私の記憶になってください」と当事者の気持ちを伝えるために世界を回っています。講演のあとは疲れて寝込む、身体症状も悪化しているが、でもあきらめない。この態度アティチュードが病気の進行を遅らせているのです。心がアルツハイマーにならないための日々の戦いなのです。 冒頭でお話した「自己への配慮」のフーコーは、ゲイであり社会学者で哲学者。彼の唱える「自由な非妥協性」は、クリスティーンの「自分を手放さない」に通じる。認知症臨床における「自己への配慮」は認知症を脳の病気と限定せず、生きづらさを抱える「生のマイノリティ」ととらえます。どのような支援を受けるか、どんな体制が必要かという包摂を超えて、さまざまな知恵を動員し、クリスティーンのように「自らを活かす」その態度自体が進行を遅らせるようなライフ・スタイルを各々が追及してゆく。単にアミロイドを沈着させないということではないと考えています。  再開した東海村の認知症予防教室では、シンデレラの劇をバージョン・アップして自らの家族と認知症に向かい合う「ひまわり家族」という自作・自演劇を演じ、100人の村民の前で「恋の季節』を歌った。こんな派手な衣装は着たくない、練習中も恥ずかしいと言っていた人たち。自身の演技に恥じらいながら、人前で表現した、もの忘れの日常、家族との確執、失敗してもみんなの前で演じ歌が歌える。認知機能が改善したり、進行を遅らせるカギは、人と人の圧倒的な感覚のなかで取り戻した「恥じらい」そのものではないか。みっともないと思って過敏になったり、認知症予防教室に通っていることを周りに知られるのはいやだった。でも、仲間と歌いがんばる中で、扁桃体は「自己に配慮」するチューニングをほどこしていたのではないか。

●脳と心のコミュニケーション

旅館を営んでいたKさん。80を過ぎてご主人を亡くし、一人で切り盛りしていたが、胃がんを患い、次第に希死観念がつのり、抗うつ薬を処方したが、ある時、農薬を服毒して入院。10日後退院したときには、希死念慮は消失したが、今度は農薬を服毒したことも忘れてしまった。わずか10日で、うつから認知症へと早変わりしたのです。認知症に覆いかぶさっていた病気がうつだった。うつ病になって認知症の発病が抑えられていたとするなら、うつ病だった人格を取り戻せば認知症が改善するのではないか。脳と心は相互に隠ぺいしあう。脳と心が直接コミュニケートする回路をひらくのは、たいへんむずかしい。なんとか心の力で認知症化することをカバーできないか。自らを保とうとしている「私」という存在こそ重要ではないか。 アミロイドは、30代から増加し、発病する10年前には、すでに脳の中はアミロイドでいっぱいで、同じくタウタンパク質も増加し、次第に神経細胞死が起きて、認知症を発症する。これまでのアミロイド仮説は、アミロイドの蓄積量で認知症が決まるというものでした。実際、培養した神経細胞にアミロイドをかけると細胞は死んでしまいます。物理学的な脳の活動は把握できるが、私たちが経験するような心の動きを説明することはほんとうに難しい。 19世紀後半のリボーという人は、ある一定の年齢に達した人の記憶の特性として、最近のできごとから失われる。また、体験的な記憶より知的な記憶の方が失われやすい。長い間身につけた日常の習慣は最後まで残る。新しいことから忘れていく記憶のバイアスは不思議です。このメカニズムを探っているなかで、 ひとつわかってきたのは情動記憶。強い情動変化とともに入ってきた情報は、扁桃体から海馬に流れる情報処理のシステムトラブルを起こす。短期記憶が暫時失われ、自分が体験したことを語る能力が欠けてくると、アイデンティティそのものが変質し、問題行動をコントロールすることが困難になり、自分自身の記憶の間隙に呑み込まれてゆくと云う事態が生じるのです。

●新8020の意図するところ

ゾテリアとは救済という意味ですが、L.チオンピという医師はスイスのベルン大学の庭にゾテリア・ハウスを建て、急性の統合失調症、幻覚妄想状態の人たちを入院させずに共同生活をさせた。ケアワーカーを入れて、ゲームをしたり、マッサージをしたり、患者の傍らに黙って寄り添う。不思議なことに、共同生活を送った人の薬の処方量は入院患者の10分の1で済んだ。9割の急性精神病者は環境を整えることで、人格破壊や妄想に引きずりこまれることから救済できる。Zoteria東海も将来的には認知症の急性精神症状をケアできるようなシステムを持ちたいと考えています。 東海村では、中2と高1のとき、全員認知症サポーター講座を受けます。徘徊模擬訓練や見守りサポートのお手伝い、独居のお年寄りの手助けなどボランティアとして関わってもらいます。東海村36,000人の人口のうち、2,600人をサポーターとして養成してきました。認知症予防教室とサポーター養成講座を修了した人たちは合わせて、もうすぐ人口の10分の1に達します。予防教室と養成講座は相互にイベントでつながり、自分より先に助けが必要となった人たちを支援することで実践から学ぶ機会となっている。アンチ・エイジングではなく、認知症があっても、問題行動を起こしている人がいても、生きていること自体に共感できるレベルまで成熟してもらう。もの忘れが目立ち、認知症になっていく過程でやましさが出てきたとしても、みんなと問題を共有することができる地域を作りたい。 東海村の8020目標。80歳のとき20人の友達がいるという意味です。このためには、7030、70歳のときには30人いないと、8020を達成できない。1日4人ずつ連絡を取り合って、5日間で20人。お互いの変化や心配を語り合い、できれば誘い合って認知症予防教室に来てもらう。ミームとは、文化的遺伝子です。忘れられた人、悲しい人をつくらない、そういうミームを創造していきたい。

【プロフィール】

1959年東京生まれ射手座O型 私立茨城高等学校卒 昭和60年東海大学医学部卒業
東海大学付属病院にて研修医 神奈川県立七沢リハビリテーション病院脳血管センター
韮山温泉病院 多摩丘陵病院 横浜市立リハビリテーション病院 東海大学付属大磯病院
東京逓信病院でリハビリテーション医として勤務 専攻 神経心理学平成2年3月医療法人ナザレ園理事長
平成4年11月ルリア記念クリニック開設 平成8年那珂医師会理事 平成10年茨城県精神神経科診療所協会設立
茨城県医師連盟広報委員

以上

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