パラレルキャリア 医師による実践的医療経営学
【講師】中澤 達氏(東京都健康長寿医療センター血管外科部長)
2016年12月5日、東京大学医科学研究所総合研究棟で、第32回健康医療ネットワークセミナーを30名の参加者を迎え、 開催しました。 今回は、現役の血管外科の医師でありながら、医療経営学の講座を持たれている中澤達先生のお話しです。 難しいテーマをかみ砕いて紹介いただき、医療従事者のみならず、たいへん刺激的なセミナーになりました。
あなたが怜悧な病院経営者であったなら、どちらの選択肢をとるか?
「もし、あなたが怜悧な病院経営者であったなら、どちらの選択肢をとるか?」 通常の講演スタイルとは異なり、ケース・スタディを基に、参加者との意見交換を交えて行われました。 従来型の手術と新素材を用いた新しい手術。その違いを、入院日数、手術費用をはじめ、多くの要素を引き合いに出し、どちらが患者さん、そして医療施設にとっても、多くの効果をもたらすのか。効率的な手術室の運営、数多くの手術をこなすための外科医師の確保、医師にとっても魅力的な病院とはどのようなものか。
日頃臨床講義で行う実践的な手法を取り入れ、質問を盛り込み、考えられる要素の中で、 医師として取り得るべき道は何かを問う講演というより相互討議でした。 ●どのような病院なら、医師として就職したいと思うか?その場合の就労条件の決めては? ●優秀な医師の確保と手術件数の実績が伴えば、ひいては、地域のメリットにつながるか?
理想的な病院経営とか手術室の運営などポリシーから、テーマを理解しようとすると、観念的でわかりにくいところ、実務に重要なことは何かと気づかせるようと、インタラクティブなディスカッションも活発になるようにと問いかける質問も工夫されていました。
他に紹介された実際の病院統合のケースでは、近接している病院の手術室統合が題材になりました。
オーバーラップしている部分を洗い出し、医療スタッフ自ら新しい機能について考察し、「自律的改善組織」として、自分で考え、自分で行動していくためには、自分たち自身の理念/ビジョンが必要だと気づいてもらうことが重要です。上からの指示だけでうまくいくものではありません。
このビジョンを達成できるか、また数量化できるか、Key Success Factor(KSF 重要成功要因)とは何か、自ら導き出すことが必要です。医療スタッフの専門分化が進展し、現在は「チーム医療」の時代といわれており、共通のビジョンをもたないと、組織として成功に導くのは難しいものがあります。
新しい手術室のビジョンとして、次のことが掲げられました。 @人が集まる。A職員にやさしい。B中で教育できる。
人が集まるとは具体的にどういうことか?離職率か?手術室への配属希望者数?手術室からいかに魅力的なことを発信できているか?
お互いのコミュニケーションは図られているか?お互いがわからないと医療事故につながる。 手術室では、帽子、マスクをつけると誰が誰だか顔と名前が一致しないこともままある。 チーム・コンファレンス(TC)を繰り返していくうち、マスク姿の顔と名前が一致する数値向上が実際データとして上がってくる。
顔と名前が一致し、ナースの属性やスキルがわかってくると、 手術室の医師としても何を伝えれば正確にこなしてもらえるか把握できる。 「数値化」といっても、わかりやすく、手応えのあるものが必要です。
「パラレルキャリア」とは…
「パラレルキャリア」という言葉は、『もしドラ…』で有名なピーター・ドラッカーが提唱しているもので、 本業と関連しているところで、本業の強みを出すという概念。いわゆる二足の草鞋とは異なるもの。 中澤先生のポリシーは、臨床しながら患者さんを治療し、その効果を測りながら、やみくもに治療するのではなく、 経営学をわかりやすく伝えたいということ。
例えば、PDCAサイクルで、Plan/診断、Do/治療、Check/治療効果測定、Action/機能しない場合の次の手段、このサイクルを2周、3周と回す。サラリーマンの皆さんと同じようなロジックで動いていることが理解できます。
外科のチーフとして大動脈瘤の手術を行う一方、10年ほど前から医療経営学を修めてこられました。 まず東京大学附属病院で「医療経営人材育成講座」に参加。病院長は必ず医師でなければならない、 医師にも将来のために基礎の経営学が必要であるとの理念に基づき設けられたもの。
ケース・スタディを使ったディスカッション形式でMBAと同じような授業スタイルを用いて、医者のみならず、 看護師、事務長など同じような比率で、グループ・ディスカッションのテーブルの一つひとつがあたかも病院の経営会議のような 雰囲気を出していました。
2009年には、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に行き、 医療経営学のExecutive Educationの中の“Managing Health Care Delivery”で、1週間缶詰になるコースを年間3回繰り返し、 組織の中でリーダーシップを発揮するためのケース・スタディを学ばれています。
今回のセミナーでは、会場からの質問も旺盛でした。 ●増大する医療費と国民皆保険と医療のフリーアクセス、また欧米並みの自由競争の問題。いつでもどこでも、 限られた負担で医療を受けられる日本と、ファーストクラスの医療には、ファーストクラスの費用がかかる国々との違い。 皆保険と、限界集落の維持と社会インフラの整備についての比較。 ●未病と医療費の削減の関連。糖尿病の悪化を防ぐことができれば、将来的に腎不全の透析を減らせるなど、未病における医療と全国的な取り組みの必要性。 ●専門分化が進む欧米での、高血圧の管理、麻酔専門など専門看護師(Nurse Practitioner)という資格の紹介と日本での実現可能性。 ●一般のビジネス・マーケットと医療マーケットの違いと共通性、地域全体における病院統合の課題など、幅広い意見交換が行われました。
アンケートからも、手応えのあるメッセージが寄せられています。 ●医療現場の現実的な問題から、病院が地域で成り立つこと、また一般市民の立場でも医療行政、国家運営にも目を向けられるよい機会となった。 ●非常に面白い話だった。研究開発においても、医学と工学、両方を理解することが重要であるように、医学と経営の面でも同様だとわかった。 ●国民皆保険と限界集落の比較はわかりやすい。 ●企業における新組織立ち上げにも応用できる内容で、ぜひ試してみたい。 ●医師はすばらしいミッションを担う職業だが、経営者感覚には欠けると思っていたので、医療現場で経営学を実践されていることに感銘を受けた。
●刺激的な内容で、たいへん勉強になった。かみ砕いて説明していただき、よかった。
●(歯科医師として)虫歯や歯周病の治療で、糖尿病の数値改善に結びつくことを実感している。一人ひとりの意識づけが必要。
ここでは、お話しの一端しか紹介できないのは残念ですが、中澤先生、参加いただいた皆さん、どうもありがとうございました。
以上