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事務局ニュース【NO.2016-166】

【第34回健康医療ネットワークセミナー】

開催概要

日時:2017年1月31日(火)18時30分〜20時30分 

場所:東京大学医科学研究所 2号館2階大講義室
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/access/access/ 
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/access/campus/
(キャンパスマップ10番の建物の2階です)

会費:¥1,000 (NPO健康医療開発機構会員、学生は無料)

定員:70名

講演タイトル:リスク統計創設構想:健康リスクの公的モニタリング・システム

講師:そうけ(たけかんむりにさら)島 茂氏(三重大学大学院医学系研究科公衆衛生・産業医学分野 教授)

参加申し込みについて

参加ご希望の方は事務局sanka@tr-networks.orgまでご連絡下さい。

なお、特にお申し込み受付のご連絡はいたしませんが、会場の都合により定員に達し次第、申し込みを締め切ることがございますので、 その場合のみご連絡いたします。ご了承ください。

プログラム

【プロフィール】 早大政経・富山医薬大医卒(1990)。ロンドン大学客員研究員を経て富山医薬大大学院博士課程修了(医博、1994)。 京大大学院助教授(医学研究科理論疫学)、厚労省技官(国立保健医療科学院)を経て三重大学大学院教授(医学系研究科公衆衛生・産業医学分野、2010)。 2012年より同大疫学センターセンター長(医学部附属病院)を兼任。日本医学会社会部会Japan CDC(仮称)創設に関する委員会委員、 日本公衆衛生学会学会長(第72回)、Journal of occupational health編集長を経て日本産業衛生学会理事。

【講演概要】

(1) 統計制度からみた公衆衛生学の現状と課題 統計制度は,大きな変革期にある我が国で未来への羅針盤としての機能を発揮することが求められる。そのような機能として何が求められているのか、 公衆衛生学の観点からすると、政府統計の中にリスク統計を創設することにあると考えられる。ここでいうリスクとは、罹患や死亡の発生確率のことである。 罹患にしても死亡にしても状態の変化が生じる確率をリスクとしてとらえるには縦断的に追跡する必要がある。公衆衛生学の現状にとって深刻なことに、 疾患や死亡のリスクを「要因別に」明らかにする情報入手の方法は極めて限られている(實成・そうけ島:学術の動向(2007))。

縦断的な追跡によってリスク情報を明らかにするのは疫学的研究では基本的な方法である。公衆衛生にとって疫学的方法で得られるエビデンスは意志決定に決定的な 重要性を有する。しかし、現状では個人情報の収集に依拠する疫学調査の実施はますます難しくなりつつある。 一方、公衆衛生の施策に求められるエビデンスレベルは過去とは比べものにならない程、高まっている。 このような情勢の中で必要なエビデンスを確保する方法を確立することは公衆衛生学にとって喫緊の課題の一つである。

(2) リスク統計創設の可能性:行政情報のリンケージ 上述の課題に対する重要な解決策の一つは、国や自治体の統計制度の中に疫学データを安全に取得できるシステムをビルトインすることにある。 従来から疫学研究の場で既存統計の目的外の利用、即ち二次利用として統計の個標データ(ミクロデータ)が部分的に用いられてきた。 例えば人口動態統計の死亡個票が個別の疫学のコホート研究でエンドポイント(死亡)の確認などに用いられることが多い。二次利用は、 個々の疫学研究に必要なデータ収集を補い、公衆衛生に必要なエビデンスの収集を促進するであろう。

一方、これまでの公衆衛生学会や学術会議などで「国勢調査コホート」の仮称の下に、特に、 国勢調査と人口動態統計との個人レベルでの縦断リンケージによる加工統計の可能性を検討してきた。 国勢調査と人口動態統計はそれぞれ個別の目的をもって実施されている政府統計である。しかし、 国勢調査と人口動態統計を個人レベルで縦断的にリンケージすれば、それは国勢調査をベースラインとし、 人口動態統計によって、出生・移動・死亡などのイベントをエンドポイントとするコホート調査を実施するのと同等になる。従って、 国勢調査の調査項目による出生・移動・死亡の発生確率を求めることも可能である。技術的には国勢調査と住民基本台帳との相違点の扱い方等に注意を要するが、 公衆衛生に関わるエビデンスベースの政策策定を実現するために極めて有用な加工統計になることが見込まれる。

国勢調査コホートを核として個人レベルの縦断的リンケージに基づく統計を「リスク統計」と命名したい。 国勢調査や人口動態統計に加えて,行政機関に蓄えられている疾病登録や健康保険レセプト等の個人データを、上述のように縦断的にリンケージすることによって、 何処にどの様な危険が潜んでいるのか明らかにし、かつそれへの政策的対応の根拠を構築することを目的とする「リスク統計」が、 内閣府の統計委員会の指導の下で創設されることが望まれる(竹内: 21世紀の統計科学1(2008))。

我々の経験では、1990年代後半に労働時間が急性心筋梗塞の発症に関与することを疫学的に研究したが調査の実施に10年近い時間を要した(Sokejima:BMJ(1998))。 労働時間はこれまでにも国勢調査の調査項目に加えられたことがあり、それが疾病登録と縦断的にリンケージすることが可能であれば遙かに短期間にリスクを 観察することが可能であったはずである。また、極低周波数の電磁界への曝露と小児白血病との間に生態学的研究を実施したところ、 負の相関を得た経験がある(Sokejima:Lancet(1996)) その後、罹患率の小さい疾患であるため症例対象研究を実施したがバイアスの影響が十分に 取り除けなかった。このような場合でも国勢調査コホートを用いることができれば両者の関係を検証することが可能であると考えられる。

(3) 健康リスクのモニタリング  疫学的に、あるいは生物医学的に既知のリスク要因であっても、社会におけるその分布状況の把握とその対策には意外と政策の俎上にのるのが遅れるものが多い。 近年の例では、アスベストによる中皮腫の増加は典型的である。また、リスクそのものの大きさがさほどではなくても、 リスクの要因の分布が社会全体に蔓延している場合、国民の健康への影響が深刻になる場合がある。いずれの要因についても、 リスク要因の分布状況を国勢調査にリンクした上で健康影響を早期の段階からモニタリングすることが望まれる。 高い水準でのエビデンスベースの政策を迅速かつ確実に公衆衛生で実現するために必ずや必要となるであろう。

 疫学的には、まだ十分な根拠が得られていないものであっても、疾患の原因となる可能性が明らかとなっているものについては、 疾患発生の既知のリスク要因と同様に、社会における分布状況とその疾患発生との関連性について探索的なモニタリングの対象とすることが望ましい。 我々の経験では、阪神淡路大震災前後の住民基本台帳と国保レセプトによって、地震の震度の大きさが震災後の脳卒中累積罹患率に影響を及ぼす 経過を事後的ではあったが探索的にモニタリングし、震災直後の医療資源の配置への考察に用いることができた(Sokejima: PDM(2004))。 リスク要因である蓋然性が小さいものについては、統計制度ではなく、疫学的研究を目的とするコホート研究や症例対照研究が別に行われるか、 優先順位をつけて二次利用の範疇でモニタリングすることになるだろうが、蓋然性の高いもの、リスク要因の分布が広範なものについては加工統計の立法が望ましい。

(4) イギリスの国勢調査コホートに学ぶべき点  イギリスのONSLS(The Office for National Statistics Longitudinal Study)は国勢調査とがん登録とを個人レベルで縦断的にリンケージしている。 このことの持つ意義は大きい。ONSLSはイングランド・ウェールズにおける人口の1%強にあたる50万人強のベースラインが、 国勢調査の実施される10年ごとに更新され、それががん登録とリンケージされている。がんに関する日本の代表的なコホート研究である厚生労働省の多目的コホート研究 でも対象者は遙かに及ばない。しかも、ONSLSのベースラインデータには人口学的なセンサスにとどまらず、社会構造についてのデータ、 さらには、健康状態や慢性疾患の有病状況に関するデータまでが体系的に含まれている。罹患率を求める場合、分母にあたる人口から、 問題にしている疾患の既往歴や、それに関する健康状態を把握できることは本来、非常に重要なことである。がんを含む慢性疾患の多くは、 罹患リスクは既往歴に大きく左右されるので、罹患率の計算の際は問題の疾患の既往歴のあるものは分母から除去する。 ONSLSはこの点までがベースラインデータの構築において考慮されているのである。日本において、今後、国勢調査をベースラインとするリスク統計が企画される場合、 縦断的なリンケージだけではなく、国勢調査とそれ以外の健康状態に関する統計との間の横断的なリンケージによって、 ベースライン時の健康状態が把握されることが強く望まれる。

 ONSLSは死亡の発生以外に、上述のようにがん登録がイベント情報として組み込まれている。このことの意義は大きいが、しかし、 循環器系疾患(急性心筋梗塞や脳卒中等)やその他の主要疾患に関する罹患情報が現在のところまだ組み込まれていないようである。 このような罹患は追跡の中断になり得るので疾患の発生を網羅的に行うことが望ましい。主要な疾患の罹患に関して、 わが国では公的統計としては患者調査があるが、残念ながら、病院ベースで行われているので、個人ベースのリンケージは困難である。 がん登録とならんで脳卒中登録などを活用することが現実的である。

(5)倫理的課題 リスク統計作成における、公的統計のミクロレベルの個人データを縦断的にリンケージする際に解決すべき法制度的問題が山積しているが、 特に注意しなければならないのは、たとえ、この種の問題がいくら整備されても、それだけでは「不適切な利用」による個人のプライバシーや利益の損害の可能性は 根絶できないことである。個人データの利用価値は保護とトレードオフの関係に陥る可能性がある。 しかし、個人情報の不適切な利用による損害が生じる可能性を最小限に押さえ込む方法の改善と倫理的対処は際限なく求めなければならない。 一方で、個人データの「活用」による社会福祉の向上を視野から失ってはならない。社会的要因による疾病の発生を如何にして減少させるか、 患者の生存ならびに患者とその家族を含むQOLを如何にして保つのか、それを公平に、効率的に、 そして社会全体への成果を高めるにはどのような医療資源の配分を選択すべきなのか。この種の問題は、 社会・経済的変数との個人レベルでのリンケージによるリスク統計によって、究極的ではないにしても、多く、改善されると考えられる (そうけ島:シリーズ生命倫理学17(2013))。 以上
    

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