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事務局ニュース【NO.2016-164】

第31回健康医療ネットワークセミナー開催報告

働き盛りの生活習慣病―脂肪肝のお金をかけない治し方―

【講師】井上 和明氏(昭和大学藤が丘病院消化器内科)

2016年10月21日、東京大学医科学研究所で、第31回健康医療ネットワークセミナーを、30名の参加者を迎え、開催しました。 脂肪肝は、食生活など生活習慣に由来するところが大きいと言われていますが、いったんなってしまうとやっかいなもの。 今回は、費用をかけない治療法を中心に、脂肪肝にも影響する果糖の恐ろしい現実、心血管系リスクやアルコールとの関係、 そして話題のオートファジーの活性化など、今後の生活に役立つお話満載です。

皆さんからは、「太っていて、お酒を飲むと、がんの発症率が上がると聞き、どきっとした」、 「ノンアルコールビールの添加物や糖化毒の危険について勉強になった」、「TVの医療番組は内容が偏っていることを認識」、 「食事と運動の大切さが改めてわかった」など、日頃の生活習慣を見直すきっかけとなったというご意見が寄せられました。

【講演要旨】  

3月のシンポジウムでは、C型肝炎の治療薬についお話ししましたが、本日は脂肪肝について話します。 脂肪肝は、1836年、初めて英国のアジソンにより報告されました。産業革命後に食料生産が爆発的に増えて食生活が豊かになると、 剖検時に脂肪肝が見つかるようになりました。1839年にはハプスブルグ帝国が隆盛をきわめた時代、 ウィーン学派によって脂肪肝が肝硬変に進行することが解明されています。

1980年にまったくお酒を飲まない太ったカトリック修道院のシスターの肝臓を生検して、アルコール性の肝炎によく似た非アルコール性脂肪性肝炎が報告されました。 ルードウィッヒ先生が報告したこのmilestoneとなる論文は、有名なジャーナルからすべて掲載を拒否され、自らのクリニックの雑誌に掲載されました。 脂肪肝は肝炎や肝硬変になりえないとういのが当時の定説です。

最近まで脂肪肝は顧みられることの少ない生活習慣病でした。世界中の消化器の学会でもC型肝炎が治るようになってから、 ようやく熱心に取り組まれるようになってきています。

【脂肪肝と心血管系リスクは表裏一体】

太ることにより最もリスクの高くなるがんは、肝臓と疫学的に証明されています。米国では人口の3割近く9,000万人が脂肪肝、その1割が脂肪性肝炎、 そのうち25%にあたる200万人が肝硬変になり、さらに20〜50万人が肝臓がんに移行するかもしれないという論文が有名なジャーナルで発表され、 太ることにより肝臓がんのリスクが高まると一般の人も啓蒙されています。

米国では、脂肪肝は全体としてNAFLD、このうち単に脂肪がたまったものと軽い炎症を起こしている段階をNAFL、その後はNASH(脂肪性肝炎)となり、 NASHになると膨化(Ballooning)して細胞が腫れ、線維組織が増殖して線維化を起こし、肝硬変に進展することもあります。
肝硬変が進展につれて脂肪変成がはっきりしなくなるケースもあり、進行したケースではものと病気がNASHと診断がつかなくなることもあります。 診断については肝細胞の5%で脂肪化があればNAFLDと診断されます。日本では30%以上ないと脂肪肝とはいわれません。NASHの診断の決め手は、 細胞の膨化が起きているかいな否かです。

脂肪肝の疫学で重要なことは、体重が増加して脂肪肝になり、それが脂肪性肝炎、肝硬変と進展しても肝臓の病気での死亡より、 心血管系のイベントで死亡することが多いことです。臨床的には脂質系のプロファイルをみて、次に頸動脈エコーでチェックします。脂肪肝の状態が長く続くと、 頸動脈エコーで血管壁が厚くなり、動脈硬化が起こっているのがわかります。さらに冠動脈CTでも血管の変化があらわれてきます。 そのため脂肪性肝炎と心血管系リスクは表裏一体です。

フラミンガムリスクスコアという指標を用いると、脂肪が蓄積すると、心血管系のリスクは高まることがわかります。フラミンガム研究は1948年に開始されました。 当時の米国において戦勝景気がもたらした食生活の変化が、心血管系の病気の増加と相関することを公衆衛生学的に解析したもので、 リスクファクターという言葉もここで初めて使われました。

【肥満とお酒と脂肪肝】

さて、NASHとはNon-alcoholic Steatohepatitisの略で、先ほどのお酒をまったく飲まないカトリックシスターでも脂肪肝が進行することに由来しているものの、 実際は飲酒と脂肪肝は切ってもきれない関係です。米国の肥満は、BMI30以上ととんでもない基準ですが、肥満でお酒を1日3杯以上飲む人は、 普通の人より8-9倍肝機能異常を発症しやすく、肥満者では少量のアルコールでも肝機能が悪化するということも明らかにされています。

デンマークでは、71人の脂肪肝を平均13.8年、アルコールの量と飲み方を追跡し、肝生検を繰り返したところ、月に1回でも宴会やって大酒飲む人は、 平均的に適量飲んでいる人より明らかに線維化が悪化するという結果が報告されています。しかも13年もたつと、単純な脂肪化は減り、 肝硬変は初めの1%から10%に増加します。アルコール性肝疾患が肝硬変に進展するリスクは、フランスの研究によると、大酒家、男性、飲酒期間、肥満と出ており、 とにかく脂肪肝で太っていると肝硬変になるリスクは高くなります。

GWAS(全ゲノム関連研究)では、どんな遺伝子が脂肪肝のリスクに関係するか徹底的に調査したところ、PNPLA3という遺伝子が変異すると脂肪肝のリスクが高く、 たとえ太っていなくても生活改善などの積極介入が必要となってきます。

脂肪肝がはたして肝臓がんに進展するか、これは大きな疑問です。つい最近まで、肝臓がんになる原因は圧倒的にC型肝炎が原因でした。 台湾で23,000人を11年半追跡したデータが出ています。このうち305人に肝臓がんが発生しており、 C型肝炎があろうとなかろうと太っていてお酒を飲む人のリスクはそうでない人の7倍です。脂肪肝であれば、 肝臓関連死は16倍に増加するという研究もあります。

NYタイムズでもこの10月、「肥満と糖尿病は肝臓がんにつながる」と、社会問題として警鐘を鳴らしている。アジアでも、 肝がんの原因としてC型肝炎のウィルスが減ってきて、栄養状態のいい国では、肥満に関連した肝臓がんが増加傾向です。

【オートファジー活性化のためには…】

今年、東工大の大隅先生がノーベル賞を受賞され、オートファジーが注目されています。

私が、東京都臨床総合研究所でウィルスの研究をしていた時、隣の研究室では現新潟大学教授の小松先生が、肝臓がん、 アルコール性肝障害で認められるマロリー体(細胞の中にみられる凝集体)は、オートファジーの低下と関係し、p62というタンパク質の凝集体であると突き止められました。 オートファジーは、エネルギーが足りなくなると、自分のタンパク質を壊したりして再利用しているといわれており、お酒をいっぱい飲んだり、 食べ過ぎて、栄養過剰になると、オートファジーは働きません。 適切な空腹時間を設けることは、健康を維持するのに必要なことです。

世界的にみて、肥満と脂肪肝は明らかに相関しています。飽食の時代にあって、食事と脂肪の問題もいろいろ研究されており、 まずサンフラワーオイルと飽和脂肪酸の多いパームオイル、動物性のバターとの比較では、サンフラワーオイルは明らかに優位で、 肝臓内の脂肪が減少します。また、低脂肪制限食よりオレイン酸を含んでいるオリーブオイルで調理した食事の方が、同じく脂肪減少に効果が出ており、これがヨーロッパの学会が地中海食を推奨する背景です。 オメガ3脂肪酸については、DHAやEPAのサプリメントも売られていて、肝臓内の脂肪を減らすと言われているもの、適切な量はわかっていません。 酸化している質の悪いサプリには注意してください。

【実はおそろしい果糖】

大きな問題として、中性脂肪をつくる原因となる砂糖の消費量の増加があります。砂糖は、実はでんぷんを分解して、工場で作られているものがほとんどで、 輸入した米国の遺伝子組み換えトウモロコシを原料に、果糖を製造していることをご存じでしょうか。アメリカで売れないものをせっせと日本が買っているわけです。 現在、でんぷんを分解して製造された果糖ついては、何からつくられているか、原料を表示する法的義務はありません。

ネイチャー誌では、2012年に”The toxic truth about sugar”という記事を掲載して、砂糖もアルコールと同じく規制すべきであると主張しています。 果糖を慢性的に使うと、血圧や尿酸値は上がり、心筋機能障害を起こし、さらに高脂血症、肥満、インスリン抵抗性も増し、 肝機能障害をもたらし、 まさにNASH状態になることが知られております。特に、清涼飲料水には大量に投入されており、週7日以上飲むと、 脂肪肝の線維化する頻度は増加すると、 統計学的にも研究されている。糖度○%と表示されるような甘い果物も考えものです。甘いミカンやリンゴもたべすぎると、 脂肪肝の原因にもなります。

では、ダイエットコークはどうかというと、これは添加物のてんこ盛り。終末糖化産物が使われており、これには糖化毒が含まれ、 熱で変性すると、 酸化ストレスやインスリン抵抗性の原因にもなり、脂肪肝もつくり、がん化、心血管系リスクの原因となる成分はクラシックなコーラより ずっと多いことがわかっております。 ノンアルコールビールの添加物も同様で、注意すべきです。

公衆衛生の世界では、「コーヒーはどうですか?」とよく聞かれます。コーヒーを飲むと、肝臓がんが減るという論文も出ています。コーヒーについての研究をまとめてみると、 肝臓の脂肪化は減らないが、線維化は改善していて、1日4杯以上飲むと、肝臓がんや慢性肝臓病のリスクが減ると報告されています。

【簡単な食生活の見直しで効果絶大】

また、肥満は栄養過剰と思われているけれども、ある意味栄養不良だと思っています。一番足りないのは、ビタミンDです。 さまざまな統計を見ると脂肪肝との関係は認められるが、適切な補充方法確立されていない。ビタミンEについては脂肪化の改善に有効であるが、 線維化の改善には無効で、一方で前立腺がんを増やすとも報告され、推奨量の半分程度が目安でしょう。ビタミンBの一種と考えられるコリンの補充は線維化改善に有効で、 卵や魚に含まれています。

実は、脂肪肝はとても簡単な方法で改善されます。学生時代の体重65kg→89kgになった、41歳、IT関連業務の男性は、 エコーでは血管が見えないほどの脂肪肝で診察室にいらっしゃいました。

患者さんに、お願いしたことは以下の通りです。
・朝を中心に、昼食は腹持ちのよい油の入ったものもOKである。食事はゆっくり、良くかんで、野菜から先に食べる。  夜の食事は簡素にして寝る3時間前は食べない。
・1駅前から歩く(有酸素運動)を週5回と筋トレ。

この方は、ワンダーコアが大好きで毎日30分こなし、4か月で89kg→77kg、コレステロール値も正常になり、ウエストは−7cmです。昔は、 栄養士さんと食品交換表を睨めっこしてカロリー計算しましたがうまくいきませんでした。多くの方は夜の食事を軽くして、 寝る3時間前に食べないようにするだけで手ごたえがあります。一般的には、体重が1割減ると、肝細胞のバルーニングと脂肪肝が減ります。

日本のサラリーマンはまじめで、食事を急いでかきこみ、残業に明け暮れ、運動不足です。生活パターンを変えるだけで、生活習慣病の治療に結びつきます。 安直な健康法はありません。

日本には、魚や植物性油脂が基本の和食があり、精製糖と異なり、カリウムやミネラルが豊富な和三盆もあります。日常の食生活を見直し、 伝統的な食事をすることは、健全な生活につながります。Breakfastとは、断食をやぶるという意味で、夕方食事をしたら、朝まで食べないことが大切であり、 これでオートファジーの働きも活発になります。

「菜の花や、月は東に、日は西に」という句にある通り、菜種は油として食品にもなり、灯にもなった。日本の地域文化に即した食事は、 地中海食に負けず劣らず、世界をリードする健康食として、日本から発信していくべきものと考えております。

以上

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