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事務局ニュース【NO.2016-157】

第4回がん免疫療法の夕べ開催報告

「がん免疫療法の夕べ」シリーズ 最終回

「がん免疫療法の夕べ」シリーズ第4回は、4月11日、東京大学医科学研究所2号館大講義室で開催されました。 顕著な臨床効果が認められ、メディアでもたびたび目にするようになったがん免疫療法ですが、最終回となる今回は、『次世代のがん免疫療法へ−科学の力とヒトの力−』と題し、 医療現場の変化と期待、 今後のさらなる開発研究のためのTR(橋渡し研究)の課題などについて、3人の先生にお話しいただきました。 当日は、研究機関、企業、マスメディアなどさまざまな分野から50名を超える方々の参加があり、今回もさまざまな反響がありました。

・チェックポイント阻害剤抵抗性がんにたいして、新たな方向性があることがわかった。

・米国では患者会の支援による研究が充実しており、研究者も自身の仕事に注力できるが、日本では、文化の違いなどで困難か…。

・ファンド・レイジングはさけて通れない問題。今後何ができるか考えていきたい。

・新生児は、初期の検査によって、重症化を防ぐことができる。公共の資金でけんさの義務化をかんがえてもよいのではないか。

・ドラッグ・ラグの課題の大きさを改めて認識した。

【プログラム】

講演1:「免疫チェックポイント抵抗性がんに対する新たな免疫療法−治癒を目指したがん免疫療法−」
三重大学大学院医学系研究科遺伝子・免疫細胞治療学 特任講師 原田 直純 先生

講演2:「新しい医療の開発にもっと患者さんの声を −誰のための開発か−」
NPOパンキャンジャパン 理事長 眞島 善幸 先生

講演3:「社会が新しい医療を作り出す−遺伝子治療開発でのNPO団体に学ぶ−」
国立成育医療研究センター研究所・成育遺伝研究部 部長 小野寺 雅史 先生

社会が新しい医療を作り出す-遺伝子治療開発でのNPO団体に学ぶ-

国立成育医療研究センター研究所 成育遺伝研究部 部長 小野寺 雅史 先生
講演資料その1】 【講演資料その2

【講演要旨】  

小児の難治性疾患の多くは遺伝性疾患で、病気の原因となる遺伝子の働きを解析することで新しい治療法が開発され、その代表的なものとして酵素補充療法と遺伝子治療が挙げられます。 たとえば、ライソゾーム病のひとつであるポンペ病は、細胞質内にたまる老廃物を分解するライソゾーム酵素が欠損することで老廃物が筋肉や心筋にたまり、心肥大等の臓器障害を呈する疾患で、 この欠損した酵素を定期的に補充することで臨床症状の著しい改善が認められます。ただ、問題はいかに早くこの治療を始めるかで、生後2か月を過ぎてからではすでに老廃物が蓄積しており、 細胞が障害され、後遺症が残る場合があります。

もうひとつのライソゾーム病として異染性白質ジストロフィーがあります。この疾患は神経の病気で、脂質の一種が神経細胞にたまることで神経が壊され(脱髄)、生後一年くらいは健康ですが、徐々に病気が進行し、 3〜4歳になると歩行困難になる病気です。異染性白質ジストロフィーもライソゾーム病の一型なので欠損したライソゾーム酵素を補充する治療が考えられますが、頭には血液脳関門(BBB) と呼ばれる血液中のタンパク質を脳細胞に行かないようにする機構があり、通常の酵素補充療法では有効性は認められません。一方、健常人の造血幹細胞を移植する骨髄移植が有効であることが以前から知られており、 このため患者さんの造血幹細胞に正常遺伝子を導入し、患者さんに投与する造血幹細胞遺伝子治療に期待が集まっています。この遺伝子治療の利点は、患者さんの全ての細胞に正常遺伝子を入れる必要はなく、 正常遺伝子を持った一部の細胞がこの酵素を産生し、周りの細胞がこの酵素を取り込むことで自らの老廃物を処理し、それにより症状の改善が期待できることです。これをCross Correctionと呼んでいます。 実際、イタリアでは、患者さんからとってきた造血幹細胞に正常遺伝子を入れ、移植して、有効な治療実績をあげています。

私たちも成育医療研究センターで慢性肉芽腫症という病気に対して造血幹細胞遺伝子治療を行っています。この病気は食細胞と呼ばれる殺菌能力をもつ細胞が働かないために発症する疾患で、 生下時より重い感染症を繰り返します。私達は、この患者さんから造血幹細胞を取り出し、そこにウイルスベクターを用いて治療遺伝子を組み込み、再び、患者さんに投与しました。結果、 これまで多くの抗生剤等にも反応しなかった膿瘍(膿の塊)が軽快したことを確認しています。

ただ、前述のように子どもの病気は後遺症の問題があり、発症してから治すという治療法では十分ではなく、いかに早い段階で見つけ、その発症を抑えるかが重要となります。 このため、近年、免疫不全症に対して「ろ紙血をつかったマススクリーニング」が開発されました。これは生まれてすぐの赤ちゃんからほんの僅かな血液を取り、TRECとよばれるリンパ球に関連するDNAを測定する方法で、 この方法により免疫不全症が発症する前に診断でき、その段階から治療を開始することが可能となりました。その結果、これまで骨髄移植の生存率が40〜60%くらいだったものが、 スクリーニング導入後は90%近くまで改善しています。このように、治療としての遺伝子治療に加え、早期診断としての新生児スクリーニンを併用することで、患者さんのQOLが大幅に改善しています。 さらに、これら病気は希少疾患であるため、患者さんを見つけることは大変ですが、この方法により全国規模での患者登録が可能となります。

次に、最近の再生医療と細胞治療についてお話します。両者は重なり合う部分が多いのですが、狭義としての再生医療は、何らかの加工した細胞を患者さんに投与する治療を指します。 さて、この再生医療の実施方法として臨床研究で実施するものと薬としての販売承認を目指し、治験として実施するものがあります。ただ、日本ではその多くは臨床研究として実施され、 治験として実施されているものは多くはありません。さらに、実施に関する法律や指針も臨床研究と治験で異なり、これを理解することは容易ではありません。さて、臨床研究と治験の大きな違いは品質の違いかと思います。たとえば、何かシーズが見つかった際、その有効性(POC)を確認する非臨床試験を実施しますが、臨床研究ではこの非臨床試験で使用される製品(再生医療等製品)の質はあまり問われませんが、治験の場合、この段階から品質の担保された製品を使用する必要があり、このため、非臨床試験の実施の前に製造工程をある程度、確定する必要があります。つまり、POCを示す前からかなりの費用負担があり、有効性を示せない場合は、これら初期投資が無駄になる可能性があります。このため、品質、安全性、有効性に関して早い段階から医薬品医療機器総合機構(PMDA)の薬事戦略相談等を活用し、自分なりの製品に対するしっかりしたコンセプトを持つことが重要です。一例を挙げると、製品のがん原性や造腫瘍性をどう考えるかです。再生医療等製品のがん原性や造腫瘍性評価はこれまでの薬における評価法では対応できず、また、ヒト細胞のがん原性や造腫瘍性を評価する資料もマニュアルもありません。このため、最近では、これまでのチェック・リスト方式と異なるRisk Based Approachという考えが提唱されています。これは、想定されるあらゆるリスクを排除し、その科学的妥当性を検証した上で、なおも残る「未知リスク」と新たな治療機会を失うリスクを検討し、その治療の実施を患者さん自身にゆだねるという考え方で、やはり、ここでも自分なりの製品に対するしっかりしたコンセプトが必要となります。また、これら再生医療等製品とこれまでの薬との違いは、通常の薬が大量生産可能であることから、想定されるあらゆる条件のもとで品質等を評価し、それに基づき製造工程を文書化するprocess validation方式を採れるのに対し、再生医療等製品ではヒト細胞、特に、患者細胞を用いた製品では、これら製造に関する条件検討を倫理的に行うことが不可能で、実際の製造工程の確定は治験実施時に行うというverification方式を採るしかないことです。すなわち、治験実施時に行われるverificationにより品質の担保に関わる新たな特性解析が求められれば、製造工程を一から見直す必要があり、その労力や費用は莫大となります。ですから、早い段階から薬事戦略相談等を通してPMDAとよく相談する必要があります。

次に、遺伝子治療を支えるインフラについて考えます。フランスにあるGENETHONは、フランス筋疾患協会が、遺伝性疾患の理解に役立つツールを開発するために1990年に設立したNPO団体で、 その年間予算は約30億円を越えます。ただ、その多くはTelethon(TVマラソン)と呼ばれるテレビを介した寄付行為により維持されいます。現在、GENETHONには200名を越える研究者が働いており、 臨床用ウィルス(GMP)を製造し、欧米の医療機関に提供して遺伝子治療(治験)実施をサポートしています。また、イタリアにはTIGETという組織があり、同じくNPO団体で、寄付によって遺伝子治療を支援しています。 最近ではGSK社(グラクソ・スミスクライン)と希少疾患を対象とした遺伝子治療において連携して運営してます。重要な点は、GSKが資金をTIGETに直接、提供しているのではなく、 あくまでもTelethonを通してTIEGTを支援している点で、これはイタリアTelethonを保護する上で極めて重要な考え方です。このようにフランス、イタリアではTelethonを通して多額の寄付金が集まり、 その方向性で遺伝子治療が開発されるので、たとえ稀少疾患であっても治療の継続が可能となっています。一方、英国ではCATAPALTと呼ばれる政府の再生医療支援システムがあります。これは、 民間企業とは異なり利益を求めないことから比較的安価でウイルス製造を行う機関で、英国内の再生医療を繁栄させ、それに基づいて英国の経済を活性させるために設立された機関です。 この方法は、企業を含め、先ほどお話した製造工程の変更に伴うスモール・スケールでのウイルス製造等に役立つと思われます。

最後、治験における実施体制としてのGCP(Good Clinical Practice)について説明いたします。これにはトレーサビリティを含めたデータの品質担保が重要となりますが、小児の場合、 症例数が少ないとか標準療法も確定していない場合が多く、また、使用する薬剤も未承認薬や適応外薬が多く、成人に比べて治験の実施は困難です。このため、 平成25年に成育医療研究センターは遺伝性疾患に対する遺伝子治療を治験として実施する目的として臨床研究中核病院として採択され、センター内に治験実施のためのモニタリングや生物統計、 データ・マネジメントを担当する部署の臨床研究開発センターが設置されました。現在、この体制を利用し、 私達は免疫不全症の一つであるWiskott-Aldrich症候群(WAS)に対する造血幹細胞遺伝子治療を医師主導治験として計画しており、今年の秋くらいの開始を目指しています。

このように、10年前は予想出来ませんでしたが、現在では本当に多くの企業が遺伝子疾患に対する遺伝子治療に参画しています。 なお、私達も8年ほど前から国際協力遺伝病遺伝子治療フォーラムを立ち上げ、年1回、1月の第3木曜日、東京で遺伝性疾患に対する遺伝子治療のフォーラムを開催しています。 そこには患者会の方も多く参加され、遺伝性疾患等希少疾患に対し、どのように遺伝子治療を進めていくかを真剣に話し合っています。もし、お時間が許せば参加して頂き、 貴重なご助言等を賜れればと存じます。それでは、宜しくお願い致します。

【小野寺先生プロフィール】

昭和61年3月 北海道大学医学部卒業
昭和61年5月 医師免許取得(医籍296124号)
平成 6年3月 博士号(医学)取得(北海道大学)

職歴等:

昭和61年4月 北海道大学医学部小児科勤務
平成3年7月 熊本大学医学部形態発生部門 研究生(西川伸一教授)
平成6年10月 米国国立衛生研究所 visiting fellow (RM.Blaese博士)
平成10年4月 科学技術振興事業団 研究員(中内啓光教授)
平成13年4月 筑波大学臨床医学系血液内科 講師
平成20年3月 国立成育医療センター研究所 成育遺伝研究部 室長
平成21年4月 国立成育医療センター研究所 成育遺伝研究部 部長
平成22年4月 国立成育医療研究センター病院 免疫科 医長(併任)
平成22年8月 国立成育医療研究センター病院臨床検査部輸血 組織適合検査室医長(併任)
平成25年11月〜現在 国立成育医療研究センター研究所バイオバンク細胞管理室 室長(併任)

認定医:小児科認定医(1994年4月1日)

審議会:

平成22年6月〜現在 厚生科学審議会 遺伝子治療臨床研究作業委員会委員
平成27年7月〜現在 薬事・食品衛生審議会 再生医療等製品・生物由来技術部会臨時委員
平成27年1月〜現在 大阪大学第二特定認定再生医療等委員会委員

学会等:日本遺伝子治療学会(理事)、日本小児科学会、日本血液学会、日本輸血細胞治療学会、日本分子生物学会、米国遺伝子細胞治療学会、欧州遺伝子細胞治療学会

以上

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