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事務局ニュース【NO.2014-136】

【第27回健康医療ネットワークセミナー】

開催概要

日時:2015年3月11日(水)18時30分〜20時30分 

場所:東京大学医科学研究所 2号館2階 大講義室

東京大学医科学研究所へのアクセスおよびキャンパス・マップは下記サイトをご参照ください。
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/access/access/
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/access/campus/ (地図の10番の建物です)

会費: ¥1,000 (NPO健康医療開発機構会員、学生は無料)

定員: 80名

講演タイトル: 生殖補助医療で出生する児の健常性向上を目指して -特に男性不妊(精子)の観点から問題点を検証する-

講師: 黒田優佳子氏(黒田インターナショナルメディカルリプロダクション・院長)

参加申し込みについて

参加ご希望の方は事務局sanka@tr-networks.orgまでご連絡下さい。
なお、特にお申し込み受付のご連絡はいたしませんが、会場の都合により定員に達し次第、申し込みを締め切ることがございますので、 その場合のみご連絡いたします。ご了承ください。

プログラム

【講演概要】

不妊症(生殖年齢にある夫婦が避妊することなく、2年間を経過しても妊娠しない時は、専門施設で検査と治療が推奨される)は年々増加している。 生殖補助医療技術(ARTと略す)が不妊治療に臨床応用されてから約30年が経過した現在、不妊症は夫婦5組に1組といわれるほどになり、 ARTにより出生した児は総出生数の約3%(+α)を占めるに至り、少子化問題を抱える日本の将来を考える上で不可欠な医療になった。 ARTにおける授精法には子宮腔内人工授精(IUI)、体外受精-胚移植(IVF-ET)、顕微授精(ICSI)の3つの授精法がある。

不妊というと女性側に責任があると思われがちであるが、実際には不妊原因の約半数を男性側が占める。 女性不妊の原因の中で高比率を占める卵子形成障害(排卵障害)は、現在では種々のホルモン製剤(排卵誘発剤)が開発され、成熟卵子の形成を促すことが可能になり、 女性不妊の治療成績は飛躍的に向上した。

一方、男性不妊の約90%は特発性 (原因不明)の精子形成障害であり、根治療法としてのホルモン製剤の効用は低く、有効な治療法が確立されていない。 ICSIは人為的に卵子に精子を穿刺・注入して受精を図るため、1匹でも運動精子がいれば妊娠できると宣伝され、重度精液所見不良症例に対する唯一の対症療法として汎用されてきた。

さらにICSIは受精胚を容易に取得できる手法としても適応が拡大され、ART施行例の70%以上を占めるまでになっている。 これまで穿刺手技(どのように卵子を把持し、どのように精子を注入するか)は詳細に検討されてきたが、穿刺精子の選別に関しては明視野顕微鏡下に運動性と大まかな頭部形態を 指標としているにすぎず、顕微鏡で認知できない分子遺伝学的所見には関心が持たれなかった。 現状のARTは いかに受精率・妊娠率を向上させるかを目標としており、出生児は当然健常であると考えられ、先天異常に関して目が向けられることは少なかった。 日本で初めてIVF-ET児が生まれたのが1983年、ICSI児に至っては1995年であり、ARTの歴史は決して長くはない。 妊娠が治療のゴールではなく、治療の結果 生まれた子供たちが元気で一生を過ごすことが目標であり、妊娠率ばかりに目を奪われる現況を早急に見直さなくてはならない。

これまで女性側の生殖生理学は産婦人科医師が主体となり、内分泌、卵子・胚形成、子宮内環境、胎児発育等が詳細に研究されてきた。 一方、男性側、特に精子に関する研究は主として家畜繁殖領域の研究、臨床成果が導入されてきたが、ここに大きな落とし穴が存在した。 家畜領域では約1万頭のオスから繁殖力を基準に選抜されたオス、いわゆる種オス(精子品質の均一性が極めて高い)が一元的に精子を提供し、精子性善説が成立している。 一方、男性不妊の標準的な治療法になっているICSIは、精子の最も特徴的な機能である運動性に着目し、形態良好な運動精子であればDNA(遺伝情報)を初めとする精子機能は全て正常であるという、 精子性善説を前提にしている。

しかし、精子形成障害は産生量の減少のみならず、多様な機能異常を生じる。その種類、頻度は個人差が大きく、両者の病態モデルは大きく異なる。 精子側から見るとICSIは精子の数的不足を補償する手技であり、質的異常はカバーできない。従って、安全性の高いICSIの適応は、精液中の正常精子の比率が高く、 どの精子を卵子に穿刺・注入しても安全な場合、もしくは精液中の正常精子比率は低かったが、高度な精子分離技術により高品質な精子を選別でき、臨床検査によりそれが確認された場合が適応となる。 高度な精子分離、検査技術を有する施設は極少数であり、実際は前者がICSIの適応となるケースの殆どである。

ICSIのもっとも大きな問題は、病態モデルの差を十分に認識せずに臨床応用したことが、出生児へのリスクに繋がっていると考えられる。 この点に関して、ICSIで出生した児の先天異常率が自然妊娠に比べて有意に高いことを述べたコホート論文が多数報告されている。 また厚労科研"ART出生児に関する大規模調査"は、ICSI、胚盤胞培養(長期体外培養)、胚盤胞凍結保存と人工操作を加えるほど出生時体重が増加することを報告した。 これはゲノムインプリンティング異常(遺伝子の働きを調整する仕組みに異常が出る病態)による胎児過剰発育である可能性が指摘されている。 先天異常を専門とする小児科医師も度々ICSIのリスクを危惧する研究成果を報告しているが、不妊治療従事者の間で精子の品質保証の重要性とICSIの安全確保に関する認識が高くならないことを懸念している。

ヒト細胞は多様なDNA修復機構を有する。一方、精子は形成過程でDNA修復能を失うため、射精精液中にはDNA損傷精子が混在する。 その頻度は個人差が大きく、またその損傷程度は精子毎に大きく異なり、その修復は受精後に卵子側のDNA修復機構に依存する。 ICSIのリスクマネージメントとして、DNA損傷精子の積極的な排除が不可欠である。

卵子の採取(採卵)には外科的手術が必須であり、費用も高額になる一方で、精液(精子)の採取は特殊な場合を除き用手的に可能であり、安価である。 ひたすら採卵を繰り返すという現行の不妊治療モデル(卵子が採れたから夫に射精を依頼する、卵子が先と言う概念)から、予め精子の数の確保と質の保証ができたから採卵するか、 それとも不妊治療を撤退するかなど、ご夫婦が治療指針を選択することが可能な新しい不妊治療モデル(精子が先と言う概念)を提案したいと思う。 われわれの提唱するモデルは、男性不妊治療の安全性向上とともに、現状のICSIに伴うリスク回避に繋がり、出生する児の安全確保にも寄与することになる。以下に本研究における開発項目を列挙した。

1. ART(とくにICSI)に供する精子の高精度分画法(DNA断片化を有しない運動精子を無菌的に調製する技術)の確立

2. 精子機能の分子生物学的精密検査法(精子DNA断片化、頭部空胞、先体反応誘起能、ミトコンドリア解析)による分画精子の品質管理

3. 高効率な精子凍結保存法の確立(排卵と射精の同調が不要となり、凍結蓄積 による精子の数的確保と多項目の精密検査を行う時間確保を可能にする)

4. 新たに確立した人工卵管法(卵管様微少流路内で運動精子分離、先体反応誘起、受精を同時に行う新規微少環境培養システム)を 用いる高効率媒精1-4を統合的に運用することにより、post ICSI (できるだけICSIに依存しないART、ICSIをせざるを得ない時は精子品質管理を徹底する)を実現する。

本日はICSIの現状を解説し、ARTの安全性向上を目的とした男性側、特に精子研究を紹介したい。 

【略歴】

                   
専門科:産婦人科・不妊症
専門分野:生殖医療(不妊治療)・生殖生理学
基礎研究:ヒト精子の受精における情報伝達機構の解明
臨床研究:顕微授精に供する精子選別法・評価法の確立
学歴 および 職歴:
昭和62年 慶應義塾大学医学部 卒業
平成7 年 慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室大学院 卒業 医学博士取得
平成7 年 東京大学医科学研究所 国内留学 研究員
受精におけるヒト精子の機能解析に従事し、顕微授精に供する
精子選別、評価(ガイドライン)の確立を目指す
平成9年 慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 医長
平成12年 KURODA Clinic・Reproduction Research Center 院長
平成15年 KURODA International Medical Reproduction 院長
(黒田インターナショナル メディカル リプロダクション : 不妊治療専門施設)
平成16年 東邦大学医学部 第一産科婦人科学教室 客員講師を兼任
平成18年 お茶の水女子大学大学院遺伝カウンセリングコース非常勤講師を兼任

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