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事務局ニュース【NO.2013-125】

2013年度第3回GDHDパーティ開催報告

壮大なる社会システムの実験 これからの日本の地域医療のあり方について

キー・プレゼンテーション: 永井良三先生(自治医科大学・学長) 【講演資料】

2013度第3回GDHD『偶然の出会いは必然の出会い(Guzenno Deaiwa Hitsuzenno Deai)が、2月18日(火)、学士会館で開催され、 医療関係をはじめとする幅広いバックグラウンドから、90名ほどの方々が集まり、たいへんな盛り上がりになりました。

いつもと同じ場所、同じ料理、いつ来ても同じ安心感。いいマンネリはいいというコンセプトで、GDHDも通算9回目となりますが、 今後さらに若手の研究者の皆さんにも気軽に参加していただけるように、環境づくりに努めてまいります。  

今回のキー・プレゼンテーションは自治医科大学学長、永井良三先生です。 医療分野において、経営という分野はなかなか認識されにくいものですが、これからの日本の地域医療のあり方について、現在の状況の片鱗をご紹介ただきました。

【永井先生 キー・プレゼンテーション(抄録)】

医療関係法案の審議が国会で進んでいます。その背景と、今後の展望を、日本の独自性を踏まえて、お話ししたいと思います。

ご承知のように医療費が増加しています。日本の国税の税収は、約40兆円ですが、医療費は毎年1兆円ずつ増加しており、2025年には、50兆円近くになるだろうと言われています。 ちなみに、国立大学運営費交付金は、すべて合わせて1.1兆円です。毎年1%ずつ削減されているため、大きな問題とされていますから、医療費の伸びの大きさがわかります。 

4月から消費税が上がりますが、5%から10%になったときのの増加分4%は財政再建、1%分が社会保障費につかわれることになっています。 1%分の2.7兆円は、0.7兆円が子育て・子ども支援、0.6兆円が年金、1.5兆円が医療・介護費に振り向けられます。これは恒常的な税収ですから、 医療費は一息つきます。ただ、その使い方に関わる法律がどういうものになるのかが重要です。医療問題を考えるときには、まず、医療提供体制における日本の特徴を理解しておく必要があります。

アメリカの医療体制は、ご存じのように市場原理です。これは、貧富の差で受けられる医療が異なるということだけではありません。 たとえば専門医の養成数も市場原理で決まります。専門医の養成数は州によってことなり、受け入れてもらうには競争があります。 たとえばある州でCardiologist(心臓病専門医)の枠が5人とします。誰がそれを決めているのか、医師会なのか、学界、大学、国のいずれなのか、 ということに関心があり、現地で調べたのですが、誰も決めていないということでした。どうも市場が決めているようです。専門医の数が増えてもかまわない、 しかし必要がないのだという説明でした。専門医数が増えると、どうも給料が下がるらしい。給与が下がると人気がなくなり、給与が上がる。そうすると希望者が増える。 まさに『神の見えざる手』がそこまで作用しているということでした。医療でも競争は必要ですが、市場原理で医療を動かすことは、日本では受け入れられないと思います。

ヨーロッパの病院は、ほとんど公的です。ですから、国の指導が行きわたりやすい。日本は、病床数で22%、医療施設の数でいうと14%が公的ですから、 必ずしも政府の意向だけで、医療は動きません。そういう意味で、医療関係団体との協議が必要になります。これにはよい点もたくさんあります。 公的病院では競争が働きにくく、サービスは必ずしもよくならないと考えている方もいますから、この辺のバランスをどのように取るかが、日本の医療システムの運営に重要です。

日本の医療提供体制は市場原理でもなく、政府の力で動かしているわけでもない。独自の路線をとっていることを最初に理解する必要があります。 患者、住民、医療関係者などのさまざまな立場の人たちが、お互いに尊重したうえで、日本独自の方法で解決していくしかないのです。 そこに、日本的特徴があり、ある意味では、壮大な社会実験をおこなっているといえます。

市場にまかせていけば運営は簡単かもしれませんが、その弊害はたくさんあります。一方、国に全部まかせても問題が生じます。 今回の医療法改正で、これからは、地域ごとに相談しながら決めていくという方針が出されています。そこにはさまざまなチャンスもあるのだろうと思います。

社会保障改革国民会議が、昨年の夏に報告書を出しました。そこに多くのキーワードが出ています。 病院完結型ではなくて地域完結型、病床の機能分担、高度急性期から介護までの一連の流れ、かかりつけ医、総合診療医、川上から川下までのネットワーク化、 ご当地医療、地域包括推進事業、病床機能の報告制度、地域ビジョンの策定、医療職種の見直し、看護師資格保持者の登録などに加え、法律で裏付けされる900億円ほどの規模の基金などです。 ひとつの制度を変えただけでも大きな影響がありますが、今後一斉に変わっていきます。うまくいくかどうかはわからないのですが、当面はこの方針で進むしかないと思います。 今までは、同じ病気なら同じ負担でしたが、保険料の適正化、すなわち低所得者に対する保険料軽減措置、あるいは所得負担能力に応じた案分の負担など、 社会的に弱い立場の方を守る方向が打ち出されました。そして、都道府県は、これまで以上に地域医療提供体制にかかる責任を、「積極的かつ主体的」に果たすことになります。すなわち知事の権限の拡大です。

国民健康保険(国保)の問題も大きく取り上げられています。多くの加入者がいますし、高齢社会では公的な財政負担も大きい。 これからは、市町村国保ではなく、財政運営を都道府県にゆだねる方向になりそうです。都道府県間の財政調整の問題をどのように解決するか課題がありますが、まだ手がついていません。 高齢者医療に対しては、税金も投入されていますが、共済や組合健保などの若い世代の保険料が使われています。その負担割合は、頭数ではなく総報酬割になります。 また、今回の診療報酬改訂で、かかりつけ医に点数がつきます。さらに、在宅医療の問題も重要です。 さまざまな短期的な入院病床の確保、地域ごとの医療・介護予防生活支援、包括的ネットワーク、地域包括システムづくり、などが取り上げられています。 具体的な方策をできるだけ早急に講じなければなりません。

病院完結型から地域完結型医療の転換も強調されています。患者は、場合によっては急性期病院から、回復期、慢性期と病状に応じて移動しないといけないかもしれない。 患者さんにとっては、人手の多い急性期病院でずっと診てもらうことを希望しますが、これからはだんだん難しくなります。 しかし、どのように移動するインセンティブを患者に与えるかは明らかでありません。患者の側にも、医療システムを守っていく責任が求められてきます。

今後、地域医療ビジョンに基づいて、900億円の基金が交付されます。毎年900億円かどうかはわかりませんが、恒久的な基金が用意されますので、いかに適正に配分するのかは大きな問題です。 全国一律である必要はなく、各地域の医療ニーズにあった「ご当地医療」が重要です。

二次医療圏は県ごとに決められていますが、県境地域では簡単ではありません。先日、茨城県の古河市に行ってきました。利根川、渡良瀬川、江戸川など水運のインターチェンジのような地域で、5つの県が接近しています(茨城、千葉、埼玉、栃木、群馬県)。 どの県でも県境部ですから医療が手薄になりがちです。それが5つも集まれば、独自の医療圏となります。これからは、そういう地域も独自のビジョンを考える必要があります。

高度急性期病院については、県あたり1つか2つといわれています。そこでは、マンパワーを2倍くらいにするという計画もあり、機能分担が進みます。 各病院は、超急性期、急性期、回復期、慢性期の病床機能を報告し、それを都道府県が公表し、患者さんは自分が受診する病院を決めることになります。 しかし、病院がこのように機能分担できるのは、せいぜい県庁所在地までと思います。県の2番目の町では、連携する相手がいないという状況です。 このような町では、高度急性期、急性期から慢性期、在宅介護まで、ひとつの病院で担っていかなければなりません。この点は、僻地で、うまく運営されている病院が参考となります。 昨年の夏、長崎県の上五島病院を見学しました。それまで4つあった病院を1つに統合し、他は診療所として機能分担していました。病院の機能分担は、むしろ大都会の問題といえます。

このような機能分担は、日本はこれまで診療報酬で誘導されていました。しかし、必ずしもうまくいっていません。 例えば、7:1の看護体制は、急性期病院を念頭においていたのですが、非常に多くの病院がこの体制に移行しました(参考資料p15)。 初めにお話ししたように、日本は市場原理では動いていませんから、こうしたシステムの調整は、非常にむずかしい。 よかれと思ったことを政策で導入しても、思わぬ反応が出てしまいますから、こまめな調整が必要です。この制御困難な医療体制は、われわれが選んだ道なのです。 市場原理はとても受け入れられない。そうかと言って政治指導でもない制度ですから、当事者同士が話し合って、調整していくしか道はありません。 このほか、医療制度改革については、さまざまな話が出ています。在宅復帰を促す病床、主治医奨励、ときどき入院ほぼ在宅などです。

今年2月12日には、『地域における医療および介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案』が閣議決定されました。 ここに次の時代の医療のあり方が書かかれていますので、医療に関心のある方はぜひ熟読してください。

最後に、医療提供体制以外のポイントも、お話ししたいと思います。高齢者が何%ぐらい仕事をしているかということに関心があり、調べてみました。 徳島県上勝町、「葉っぱビジネス」で高齢者ががんばっている地域ですが、ここの就業率はひじょうに高い。地元の方に伺うと、医療費が低いそうです。 そこで、各都道府県の高齢者の就業率と、1人当たりの老人医療費の関係を調べると、両者は逆相関することが明らかとなりました。 因果関係を示しているかわかりませんが、高齢者が健診を受けて、病気のラベルを貼られて、病院へ通えばよいということでは必ずしもありません。 地域の活性化も併せて考える必要があります。日本のすぐれた医療提供体制を守るには、多面的な対応が必要です。

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