トップページに戻る | 一覧に戻る

事務局ニュース【NO.2013-120】

2013年度第2回GDHDパーティ開催報告

非線形世界の偶然と必然と非線形科学の個別化医療への応用

キー・プレゼンテーション: 合原一幸先生(東京大学生産技術研究所・教授) 【講演資料】

通算8回目となる2013度第2回GDHD『偶然の出会いは必然の出会い(Guzenno Deaiwa Hitsuzenno Deai)が、10月22(火)、医療、研究者、メディア、企業など幅広いバックグラウンドから、 60名を超える方々が集まり、学士会館で開催されました。

いつもと同じ場所、同じ料理、いつ来ても同じ安心感。何度でも参加して、会話を楽しんでいただきたい。この思いが通じたのか、回を追うごとにリピーターの方々も目立つようになってきました。 今後さらに若手の研究者の皆さんにも気軽に参加していただけるように、環境づくりに努めてまいります。  

今回のキー・プレゼンテーションは東京大学生産技術研究所教授である合原一幸先生です。 数学が日常の生活の中で、どのように役立っているのか。医療の分野での最先端の応用例について、片鱗をご紹介いただきました。

【合原先生 キー・プレゼンテーション(抄録)】

会の名前がGDHDなので、どうしてもカオスの話をしないわけにはいきません。

ここに2つの時間波形があります。横軸は時間で整数、日にちと考えてください。どちらも変数が激しく変動しています。平均値とゆらぎの標準偏差がほぼ同じオーダーで、すごくノイジーな波形なわけです。 通常工学者はこういう波形をみるとパワースペクトラムを調べます。どういう周波数成分がどれくらいあるかをとってみると、実はどちらも白色雑音、 つまりどの周波数もほぼ同じ大きさだけ含むような波形になっています。つまり、通常のパワースペクトラムの解析で、この2つの波形を区別することはできません。

他方で、データは得られていますから、これらの値からある時刻と次の時刻の関係をプロットすることができます。乱雑な2つの波形のプロットをとると、まったく違った特徴があらわれます。 波形だけ見ると、どちらも激しく変動しています。ところが、ある時刻と次の時刻との関係性をとるとひじょうに異なる特徴があらわれます。 ここで、下の波形はコバルトという放射性物質のγ(ガンマー)線を出す時間間隔の系列。この系列はポアソン過程といって、確率的な現象になっていて、確率分布に対応した点が分布している。 確率が原因だとこのように乱雑な動きをするというのは、昔から知られていました。

他方で上の波形のプロットは放物線になります。この波形は決定論的に計算していくことができます。初期値を決めると、未来永久解が決まるわけです。これが、決定論。 決定論に従っているのだけれども、きわめて複雑な場合もあることをこの例は示しています。

偶然のような現象が必然的な法則から出てくる。これがカオスです。必然的な法則に従っているので、ある時刻と次の時刻の対応をとると、きれいな放物線になる。 したがって、ふつうはこの波形を見たときに裏側にこういう法則があるということは、なかなか気づかない。しかし、同様の現象は世の中にはたくさんある。 我々は、世の中に実際存在するカオス的な現象の解明にチャレンジしてきています。

乱雑さが出てくる原因が決定論だと、初期値が決まると解が決まります。ところが、初期値がちょっとずれるとそのずれが指数関数でひろがる。この指数関数の指数がカオスの場合正になっているので、 どんなに小さくてもちょっとずれるとそのずれがどんどんひろがります。実は気象の現象もカオス的なので、台風27号が26号と近いルートを通りましたが、 その後どうなるかというのは、実はわからなくて、同じように行くかもしれないし、まったく違う進路を取るかもしれません。 それは、実はこのλ(ラムダ)というリアプノフ指数を推定すればわかるのですけれど、これによって同じような進路を取ったり、まったく離れていったりする。いずれにせよ、 必然的な法則が偶然的な現象をうみ出すという非線形現象がカオスなので、今日はこれだけは覚えて帰っていただければと思います。

次にTR(トランスレーショナル・リサーチ)と関係のある話をします。

動的ネットワーク・バイオマーカーという概念について紹介します。我々は、前立腺がんの研究をずっとやっていて、前立腺がんの場合、PSAという非常に敏感な、敏感すぎるバイオマーカーがあって、 これで状態がモニターできます。ところが、このように敏感なバイオマーカーが一般にすぐ見つかるかというとそんなことはなく、みなさん苦労していろいろなバイオマーカーを探しておられます。 そういう意味で単独のバイオマーカーには限界がある。特に一般人として知りたいのは、病気になる前の、このままだと病気になってしまいますよという予兆を検出したい。 予兆で検出でき、その時点で治療すれば、病気になってから治療するよりはるかに効率のよい治療ができるはずです。

そこで、予兆を検出するようなバイオマーカーの概念を考えました。これを動的ネットワークバイオマーカーといいます。通常の意味での個々のバイオマーカーとしての能力は全く高くないんですけれど、 ネットワークとしてきわめて性能がよくて、特に病態悪化の予兆段階で検出できるようなバイオマーカーです。

概念はわりと単純でして、健康な状態というのは、ひとつの安定状態。多少体調を崩しかけてもそこに戻りますので、エネルギーポテンシャルの底になる。 これをアトラクターといいます。これが、病気になるときはだんだん変化していって、病気のアトラクターがしだいに安定化していき、最終的に健康な状態から病気の状態に遷移する。 こういうふうに病気の発生を健康状態から病気の状態への状態遷移としてとらえます。これが、基本的な概念です。

健康な状態から次第に病気が進行していって、どこかで病状が悪化して病院に行くのですけれども、この手前で病気を見つけるためのバイオマーカーがあればいいわけですね。つまり、 健康な状態からガクっと病気の状態にいくのですけれど、その手前で、これを臨界点と言いますが、ここを検出するバイオマーカーを見つけましょうというのが今日の話です。

こういう話は、実は非線形科学の世界ではここ4,5年すごくはやっていて、安定状態から別の安定状態へ状態遷移する、いまの例だと健康状態から病気の状態ですね、 この手前で、この突然の変化を検出したいという要求というのは、いろいろな分野で出てくる。したがって、検出する手法というのは、すごく研究されていて、簡単にいうと、 安定状態では多少ノイズがのってゆらいでも、ゆらぎは小さい。ところが、だんだん不安定化していってエネルギーポテンシャルが平坦になってくると、ノイズが入り、 振られると大きく動いて、さらにゆらぎが増えます。ゆらぎの大きさの検出によって、その状態遷移点に近づいていくことがわかります。

生体システムの場合、例えば遺伝子だと、少ない変数ではだめで、遺伝子ネットワークの不安定性を考えないとならない。それを数学的に理論づけました。 そうすると、検出が可能になり、全体の遺伝子ネットワークがあったときに、実は病気の状態に近づいているとき、この遺伝子ネットワークの中の部分ネットワークが活性化します。 このネットワークのゆらぎが大きくなってかつお互い強い相関を持つようになる。

相関には2種類あって、正の相関が強くなるペアと負の相関が強くなるペアがありますが、それは絶対値をとれば同じなので、これによって検出できます。 それを検出するインデックスをつくりました。単純な数学モデルで5個の遺伝子がネットワークをつくっている例を示すと、この場合、動的ネットワークバイオマーカーは2つの遺伝子となります。 パラメーターを変えていくと、病気に遷移する手前で先ほどのインデックスが急激に上がるんですね。ゆらぎが大きくなって、かつ、この2つのペアの相関については絶対値が非常に大きくなるので、 このインデックスを見ていれば、病気の状態に近づいていき、そのまま放っておくと病気になるということが、病気になる手前でわかるのです。

実際のデータで解析してみました。ある種の毒ガスをマウスに与えたときに、最終的に肺が損傷してマウスは死にますが、健康な状態から肺が大きく損傷する状態まで観察すると、 その途中の状態遷移のところで、先ほどのインデックスが高まります。もう一つは、人間のデータで、B型肝炎から肝がんに転移する、その途中の状態をみると、 F3と呼ばれている状態でやはりインデックスが高まり、病気になる手前で検出できることがわかります。先ほどの毒ガスの例なのですが、ゆらぎが高まって相関が強まっている、 この小さなまるの中の遺伝子群が動的ネットワークバイオマーカーに対応します。

重要なのは、健康な状態と非常に病気がひどくなった状態でみると、このバイオマーカーはほとんど活動しない。 だから、通常の意味でバイオマーカーを探すとこれらのバイオマーカーは引っかかりません。つまり、状態遷移のタイミングでだけ活動するのです。我々が知りたかったのは、このタイミングですから、 この状態で病気を検出して、病気になる前に以前の健康状態に戻そうという発想です。がんになって治療するよりは、がんになりそうな疾病前状態で治したら効率がいいに決まっているので、 そのためのバイオマーカーを見つけたわけです。

まとめますと、通常のバイオマーカーというのは、健康な状態と病気の状態を区別します。この中間の状態、グレーゾーンというのはわかるのですが、グレーゾーンにあるということがわかったときに、 そのまま経過を見ればいいのか、何かしなくちゃいけないのか、バイオマーカーを見ただけではわかりませんね。我々がほしかったのは、はやりの言葉で言うと、 「いつ治療するの?」「いまでしょ」ということを教えてくれるバイオマーカーで、それを検出することです。「いまでしょ」というタイミングで、ゆらぎが大きくなって、 かつ相関が強まることによって疾病前状態にあることを教えてくれる新しいバイオマーカー。したがって、これを検出して、ここで治療すれば、状態遷移した後に治療するよりは、 はるかに効率のいい治療が可能なはずです。いま、いくつかの病気で、バイオマーカーを調べています。宮野悟先生とも共同研究をご相談しています。 どうもありがとうございました。

【次回のスケジュール】  

●第3回2014年2月18日(火) キー・プレゼンテーション 永井良三先生 自治医科大学学長

トップページに戻る | 一覧に戻る