トップページに戻る | 一覧に戻る

事務局ニュース【NO.2009-067】

第5回21世紀漢方フォーラム「漢方・鍼灸を活用した日本型医療を考える」の概要
(2009年12月10日開催、於:慶応義塾大学医学部北里講堂) 

 (はじめに)  

医療の高度化により、国民の福利厚生は大きく向上してきたが、社会の高齢化の急速な進展に直面する中、新たな医療の仕組みが求められている。癌は国民病となっており、また増加する生活習慣病への対処等も求められている。

伝統医学を積極的に活用して臨床医療を改善しようという動きは、世界的にみても急速に進んでいるが、日本でも自国の伝統医学である漢方・鍼灸を一段と活用し、東西医学をうまく連携させていくことで、より望ましい医療を実現できる可能性がある。

こうした問題意識の下、今回のフォーラムは、3団体(慶應義塾大学医学部漢方医学センター、NPO健康医療開発機構、医療志民の会)の共同で開催され、約200名の聴衆を前に、熱心な討議が繰り広げられた。以下では、パネル・ディスカッションにおける議論を中心に紹介することとする。

T.概要

1.西洋医学については、その治療効果・意義を認めつつも、専門性の行き過ぎから全人的な視点が弱まってきたとの指摘がなされる中、漢方・鍼灸医学については、そこを重視するアプローチをとることから、西洋医学が苦手とする部分を補完する効果が期待出来る、との発言が多くみられた。

2.一方、漢方・鍼灸医学の現状については、歴史的な経緯等から課題を有しており、教育の充実や治療効果の研究を進めること等が重要との考えが聞かれた。

3.東西医学の対話・協調については、そうした流れは既にみられているほか、情報技術・情報科学の発達もあって、一段と可能な環境が生まれつつあるとの指摘がなされた。

4.今後の具体的な検討課題としては、上記(1)漢方教育の充実・人材の育成、(2)治療効果の研究のほか、(3)行政組織の充実、(4)国際的課題(生薬資源確保、国際標準化の流れ)への対応、といった諸点が挙げられた。

5.また、12月より新たに始まる特別研究(『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のための調査研究』 http://kampo.tr-networks.org/sr2009 )においてさらに議論を深めることへの期待が表明された。

U.パネル討論の概要

1.超高齢社会における西洋医学の限界(がん治療など)と漢方医学の有用性

(1)西洋医学の特性と限界

・西洋医学の有用性を「がんを根治すること」と定義するならば、確かに外科手術であれ抗がん剤投与であれ、病巣を根絶することは困難なことから、治療法としての限界はある。しかし、(治療で延命を図ることにより)残された人生を有意義に過ごすことが出来るようにする点では、医療として貢献する余地が十分にある。(土屋氏)

・がん患者は、免疫力が長期的に弱っていたからこそがんになったといえる。その状態にある患者に対して、西洋医学的治療はさらに身体に負担をかけることになることから、これを行うべきかどうかについては患者の状態をみながら慎重に検討すべき。(竹本氏)

・臓器別の専門医を育成してきた結果、患者の状態を全体的にみられる家庭医が減ってしまった。後者については、国もバックアップしながら総合医の育成を積極化していく必要がある。(渡辺氏)

・以前は、『内科診断学』という名著でも脈診についてかなり行数が割かれていたように、西洋医学においても漢方医学に似た「見立て」による全人的な診断と処方がなされていた。ところが、CTなど検査機器の発達に伴い、外科・放射線科等々への分業化が進み過ぎ、それが西洋医学の欠点となってきた。(土屋氏)

(2)漢方・鍼灸医学の特性とメリット

・西洋医学が論理的・分析的でscience的な要素が強いのに対して、漢方・鍼灸医学は身体全体を大掴みに捉え、そのバランスを重視するというアプローチであることから、artの比重がより高いものとなっている。(塚田氏)

・漢方・鍼灸医学では、「気」「血」「水」のバランスについての体系的な理解がベースにある。このバランスが崩れると病気になるとして、その乱れを戻す手助けをするものとして治療を位置づけている。こうした考え方に沿って、西洋医学では難病とされる膠原病の一種でも、気血の流れを良くすることで8〜9割の患者の症状を緩和することが出来る。(三潴氏)

・西洋医学的治療は、腫瘍や病気の原因を叩くという方法が多い。一方、漢方鍼灸では、患者自身の治癒力を上げる手助けするというアプローチを取ることから、臨終の直前まで元気でいるということも起こりうる。(三潴氏)

・自分の父は末期の肝臓がんと診断されたが、漢方医の指導の下で「医食同源」に努めた結果、腫瘍は大幅に縮小し、実質的に完治した。これはあたかも現代科学では解明できない奇跡が起こったようにみえるが、もっと漢方・鍼灸を活用すればこうしたことが日常的なものになる余地があるのではないか。(黒岩氏)

・漢方・鍼灸は病気をみるのではなく、全人的に患者をみる医学である。がんを直接治癒させられるかどうかについては疑問があるが、漢方・鍼灸を使うことによって、抗がん剤治療の副作用を減らすこと、免疫力を上げること、痛みの緩和など、様々な面での効果が発揮されることが期待できる。いわば漢方・鍼灸は治療手段が絶たれたとみられる場面においても「逃げない医療」であるといえる。(渡辺氏)

・明治初期に漢方(生薬による治療)と鍼灸とが制度的に分かれてしまったが、この二つを組み合わせると症状の緩和や素早い効果の実現の点で、大きな治療効果をもたらすことが出来る。また、冷え・こわばりへの対応や、患者のQOL(quality of life)の改善など、西洋医学の苦手な分野での効用が期待できる。(塚田氏)

(3)漢方・鍼灸を巡る歴史的・制度的な問題等

・日本は明治初期に西洋医学を柱に据えたこともあって、漢方・鍼灸医学は一旦衰退した。その後、漢方薬のエキス製剤が保険適用になってから30年経ったほか、漢方・鍼灸の有効性に関する認識は徐々に広がりをみてきているが、レベルの高い治療者の数はまだ少ないことから、教育を充実させて人材育成を進める必要がある。(三潴氏)

・病院内で鍼治療をすることはあるが、混合診療が禁止されている中で西洋医学との相互補完的な治療を実現すること、また、鍼灸スタッフを十分に処遇することが困難であることもあって、思うような広がりをみていない。(塚田氏)

・日本では医師免許上は西洋医学・漢方の双方の治療が出来るようになっているが、現実には双方に通じた医者は大変少ない。自分は東西医学両方のお蔭で命拾いしたが、双方の医師から全く考え方の異なるアドバイスを受ける中で、患者自身が悩みながら治療法を選択せざるを得なかった。もっと東西医学の双方が対話・協調して患者を総合的にみていくようにしてほしい。(竹本氏)

3.東西医学の対話・協調

(1)一段の協調の可能性

・鍼灸治療においては、西洋医学的な解剖学の知識も取り入れられている。日本においては、西洋医学をベースにしつつ東洋医学も学び、双方の良いところをうまく組み合わせることは可能である。(塚田氏)

・現実には東西医学の対話は進んでいるが、まだ研究分野での協力にとどまっている。患者を目の前にした臨床の現場で、双方の医学をどう組み合わせるのか議論をしていかなければならない。(土屋氏)

(2)ITの発達等に伴うアプローチの広がり

・これまで西洋医学では、多様な人間をあたかも同じ性質のものとして統計的に処理することで標準的な治療法を確立してきた。これは医学に限ったことではなく、大量生産・大量消費システムを前提とした近代科学全般の傾向であるが、最先端の科学の分野においては、大きくアプローチが変わってきている。演繹的な「東洋の知」と帰納的な「西洋の科学」とが、対立を超えて統合されていく時代になっている。(鈴木氏)

・漢方・鍼灸は個別治療・患者の主観を重視した治療を行っているが、ITの発達により情報科学におけるdata miningの手法を活用出来るようになった。「2群に分けて治療薬の効果をみる」といった旧来型の西洋医学の方法によることなく、漢方・鍼灸治療の予後をきめ細かにトレース・分析し、これからの治療効果の予測に活かすことが重要になっている。(渡辺氏)

(3)双方の医学の対話・協調への流れ

・西洋医学を修めた医師でも、漢方・鍼灸医学に対して否定的な人ばかりでない。若手の世代はともあれ、上の世代であれば家庭医学的な知恵を両親から教わり煎じ薬を呑まされた経験がある。「統合医学」と呼ばれるように、東西医学それぞれの良いところを活かして新たな医学を生み出す流れは出来てきている。(土屋氏)

・西洋医学を勉強したのちに、さらに漢方を勉強する医師の数は広がっている。例えば、自分の勤務する病院の勉強会でも、救急外来を担う若い医師が漢方について熱心に吸収しようとしている。(三潴氏)

4.今後検討すべきその他の課題

・今月から年度末まで、本日の議題と同じテーマで、厚生労働科学特別研究事業(『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のための調査研究』)が始まることとなったが、その中で多くの論点について議論を深めてもらいたい。(鈴木氏)

・医学部における教育課程においては、漢方は講座としては取り入れられたものの講座数に占めるウェイトも低く、実践的な知識を身につける学生の比率はまだまだ低い。こうしたことから、上記「特別研究」の場においては、是非とも「漢方」を医師国家試験科目にも取り入れるように提言してほしい。政権としても議論の場を積極的に提供するが、学会のコンセンサス作りも宜しくお願いしたい。(鈴木氏)

・国際情勢に目を向けると、1990年代以降の欧米での伝統医学ブームから、生薬資源の不足という問題が出てきており、生薬の大半を輸入に頼る日本としても生薬資源確保のためのデザイン作りが必要である。また、ISOの場においても、中国が自国内の基準を国際標準化しようとするなど、「伝統医学の国際標準化」を巡る覇権争いが厳しさを増している。わが国としては、行政面での立ち後れもあってこうした国際的な動きにかかる対応が後手に回っているが、自国医療を改善していく基盤の確保・環境作りの観点からも、官民挙げて対応を急ぐ必要がある。(渡辺氏)

・上記課題に限ってみても、日中韓の協力・共生を実現していく必要があるが、行政府の中に漢方を巡る国内外の課題について総合的に研究・検討していくセクションを設置し、現状を変えていく必要がある。(鈴木氏)

以 上

動画配信はこちらから