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事務局ニュース【NO.2009-060】

WHO医務官スマナ・バルア氏講演会 開催報告

スマナ・バルア医務官講演
『人間として人間のお世話をすること 〜金持ちよりも心持ち〜 』
(2009年8月27日開催、於:慶応義塾大学講堂) の概要

(はじめに)   スマナ・バルア博士は、過去三十数年に亘り、故郷バングラデシュの農村地域で、また医学生として過ごしたフィリピン・レイテ島等各地で、女性の健康と出産、そして寄生虫学に関する地道な研究支援活動に継続的に取り組んできた医師である。また、1993〜99年には東京大学医学部大学院国際保健計画学教室に在籍し、論文執筆の傍ら、日本各地で外国人労働者女性への「医職住」の生活支援活動に、医療ボランティアとして取り組むなど、日本との縁も深い。  

今回の講演では、バルア博士は医療者の原点、人間としての医療者のあるべき姿について、若い医学生や一般聴衆等、100名を超す人々を前に流暢な日本語で熱く思いを語った。以下では、多岐に亘った話の中で印象に残るフレーズを中心に紹介することとする。

1. 地域に根ざすこと、地域作りの中での医療の大切さ

  (1) バルア医務官の半生――医師を志して
親しいおばさんがお産の時に亡くなってしまったことをきっかけに、「何があっても(come what may)医師になろう」と思った。 中学生のとき、伯父の運営する孤児院にいた子供で、全身疥癬におおわれていて誰も触れたがらない3人の身体を丁寧に洗ったら、一週間で皆元気になった。チャレンジングな経験であったが、「自分の出来るところから始める」ということの大切さを教わった。

  日本滞在中には、生活のために長野のゴルフ場でアルバイトをしながら、地域医療について勉強出来る場所を3年かけて探したが、ようやく奨学金をもらってフィリピン国立大学レイテ校に行けることになった。

レイテ校では、『ステップ・ラダー・カリキュラム』といって、助産師・看護師・医師へとうように、現場での実務経験を経ながら、順を追って上位の試験をうけさせていくかたちで一人前の医師を育てる教育プログラムとなっていた。小さな教室で医学生全員が参加し、村の患者と前日どんなやりとりがあったかを議論しあった。また、村人からの推薦・支持がないと、上のステップに上がれないような仕組みになっていた。

このように、レイテ校では「村で学び、村に戻る」という、地域に根ざした医療教育とその実践があった。文字の読めない人々にも知恵がある。村を歩き回りながら、人々と親しくなり、人々の愛をいただく、というかたちで勉強した。これに比し、日本の教育システムでは、医学生が現場で直接患者にぶつかるチャンスがあまりにも少ないままに医師になってしまう。

現在、自分はWHOの職員で、机上の仕事をこなすことで日々を過ごすことも出来てしまうが、自分の歩んできた道を忘れず、自分が苦労してきたことを若い人に少しでもわかってもらうことを自分のライフワークとして、地域に根ざすこと、地域作りの中で医療の大切さを訴えていきたい。実際には、医学生200人に話をしても本当にわかってくれるのは5人くらいであるが、人間を創ること、教育は忍耐(patience)が大事であると思って、こうやって講演を続けている。きらきらした子供たちの目をみて、医師としての自分の人生を見つけていってほしいと思っている。

(2) 医療現場での経験の事例――地域に根ざすこと、地域作りの中で医療の実践

バングラデシュでは、井戸を掘って、その後の管理のための当番を決めた。ネパールでは、飲み水だけはきちんと沸かしてから飲むようにすることや、お母さんたちは外で働いたあとに身体をタオルで拭いてから授乳することを教えた。ミャンマーでも、小学校で雨水を溜めるタンクの掃除を定期的にすることを指導した。

  また、結核予防のための話をおばあさんとその家族にその土地の方言で伝えたり、回教徒に家族計画の大切さを教えることもした。

村人に衛生概念などをわかってもらうためには、こうした地域に根ざした地道な医療・衛生教育の実践・積み重ねが大事である。

2.人々から学びつつ、仲間作りをすることの大切さ

(1)日本の医学教育への問題提起――人間らしい医者になるためには

人間らしい医者になるためには、看護師・医師としてよりも、「人間」が人間の世話をする、という感覚を持つことが何よりも大事である。日本はあまりにも便利な世の中になってしまって、祖父母が父母を、父母が自分を苦労して育てたという、自分の根っこを忘れてしまいがちである。今の医学生は、狭い世間・狭い道を通って成長してきてしまっている。また、医学も細分化してしまっている。学生は机上の勉強にとどまらず、実際の人々から学び、沢山の経験を通じた幅広い勉強をすることが大事である。

また、自分は、自分の村を助けたいという思いから医師の仕事を始めたが、徐々に自分の「故郷(hometown)」は世界のあちこちに増えていった。そうした中で、同じ志を持つ仲間を沢山作ることが大事である。今の日本の医療教育において欠けているものは、そうした「仲間作り」という感覚ではないか。

(2)「彼女の名は今日」――たった今、育ちつつある子供たちに人間らしい環境を

  人間が生きていくうえで基本的に必要としていること(basic human needs)は、
・安全に寝られるところ
・安全な飲み水
・基礎的な教育
・基本的な医療制度

の4つである。将来世代のためにこれらをきちんと整備していくことが必要である。たった今も多くの子供たちは日々大変厳しい環境の下で生きているのであって、そうした子供たちに対して私たちは「明日まで待ってね」ということは出来ない。

(3)「人生は分かち合うこと(Life means sharing)」――今から自分が出来ることを始める   

地雷で足と左目を失い、ハンセン病にかかっている人に会って話を聞いたが、彼は大変明るく、「だって生きているのだから」、「自分が作った米を、持っていない人に分けられるのだから」と、とても前向きに生きていた。私たち一人ひとりは沢山のことを他の人と分かち合うことが出来るのである。

Each individual has a lot to share with others.
Life means sharing..

3.日本の皆さんへのメッセージ   

日本の皆さんには、日本という国が世界の中でいかに恵まれた状況にあるのか、今一度わかってほしい。その上で、以下の3つの問いについてよく考えてほしい。
@25年後、日本はどんな国になっているか?
A25年後、あなたが住みたい理想的な日本はどんな国か?
B25年後、あなたが住みたい理想的な日本を創るために、今からあなた自身が出来ることは何か?

物質的に豊かになっていく中で日本の社会がおかしくなったことの責任は日本人みんなにある。そうであれば、それを良くするためには、まずは自分が出来るところから始めることが大事である。   

カンボジアで鉛筆が足りないという話を聞いた日本のお母さんが、「鉛筆が足りないのなら、こちらから送ることで助けてあげましょうか」と申し出てくれたが、そうしたことがこの問題の解決になるのではない。豊かな社会に育っている自分の子供たちにモノの大切さを教えることをしてほしい。足りない物資をあげて他の国を助けていくことよりも、まずは足許の日本を良くしていくことが大事である。

以 上

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