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事務局ニュース【NO.2009-051】

第3回21世紀漢方フォーラム『漢方の国際医療情報を考える』速報報告及びアンケート集計結果
(2009年7月31日開催、於:慶應義塾大学の医学部東校舎講堂)

 日本の漢方を含む伝統医学については、近年、国際標準化の議論が急速に進展していることから、この問題の所在について広く国内関係者が認識を深めるとともに、国際交渉の場において的確な対応をするため、産官学が足並みを揃えて体制整備を進める必要性が高まっている。
こうした問題意識の下、今回のフォーラムは、4団体(慶應義塾大学医学部漢方医学センター、NPO健康医療開発機構、日中産官学交流機構、医療志民の会)の共同で開催され、177名の聴衆を前に、熱心な討議が繰り広げられた。

T.概要
1. まず、WHO(世界保健機関)での動きについては、病気・治療の費用対効果の測定や国際比較を可能とする「国際疾病分類」(ICD)に関して、現在抜本的な改訂作業(ICD11)が進められていることが紹介された(基調講演1)。
また、その改訂作業に「漢方を含む伝統医学を盛り込んでいく」という基本方針が出来てきたことに関するこれまでの議論の経緯の紹介とともに、漢方の病名や漢方特有の「証」という診断を、従来の西洋医学上の分類に1対1で対応させることは難しいことから、ICD11では、ICD上の病名コードと「証」コードとを組み合わせていくことが望ましい、との考え方が示された(基調講演2)。

2. 一方、ISO(国際標準化機構)については、自国産業にとって有利になるよう、国際標準獲得を目指した熾烈な争いが近年繰り広げられていることが紹介された(基調講演3)。
また、このうち伝統医学の分野については、(WHOではなく)ISOの場で医療技術から薬に至るまで広範囲に国際標準化に向けた検討をすることを中国が提案してきたが、これについては、「関心のある国々で事前会合(Preliminary meeting)を近々開催して、検討委員会の新設の是非を含め意見調整をすべき」とのISO決定が下された、という現状報告があった(基調講演4)。

3. こうした国際標準化にかかる急速な動きに対しては、パネリスト及びフロアから活発な発言があったが、@中国が国際標準化に強い意欲を見せており、大勢の専担者を抱えている中、A日本としても、国民の理解・参画を得るために積極的な情報発信を進めつつ、B産官学が足並みを揃えて体制整備を急ぎ、C説得力ある代替案の提示や他国との戦略的な連携を含め、国際ルールに沿った建設的な議論が出来るよう早期に準備することが必要、との共通認識が示された。

U.基調講演の要旨
1.ICD改訂の国際的動向について
(厚生労働省大臣官房統計情報部 人口動態保険統計課・疾病傷害死因分類調査室長・瀧村佳代氏 講演資料
  WHO(世界保健機構)の中心的な国際分類の一つとして、「ICD10」(国際疾病分類・第10次改訂版)というものがある。これは、疾病データの国際比較等がしやすいよう、疾病及び関連用語を分類し、コード化したものである。
  現在、WHOの改訂運営会議(RSG)の下で、第11次改訂(ICD11)作業が進められているが、これは従来の分類方法であるヒエラルヒー型(注)ではなく、集計・分析目的に応じて柔軟に分類しうるスタイルとすることを目指している。
  (注)例えば、ICD10では大分類(アルファベット1文字)−中間分類(2桁の数字)−細分類(1桁の数字)という4桁のコード体系となっている。
  今後、新しい分類項目案が分野別専門部会(TAG)毎に作成されていくことになるが、伝統医学のためのTAGが近々新設される可能性がある。

2.WHO ICD11改訂作業の中での伝統医学
(慶応義塾大学医学部漢方センター長・渡辺賢治氏 講演資料
  伝統医学はそれぞれ特定地域で発展してきたものであるが、グローバル化が進む中で、国際的に用語や診療コードを統一していくことが求められており、具体的作業が数次に亘るWHO関連の会議の中で進められてきている。
  漢方医療については、当初は国際的な認知度が低かったが、いろいろな国際会議における説明が功を奏し、東アジア伝統医学の国際標準化(ICTM-EA)及びWHO-FIC(ICD化にかかるWHOの諮問会議)の土俵の中で審議されている。
  現在、日本での漢方医療においては、西洋医学の分類に準拠した病名(ICD10)と「証」(効能・効果)のコードのいずれかを使うかたちでの保険適用が実現している。国内でもコーディングのあり方についての議論をさらに深める必要があるが、これらを組み合わせたやり方であれば、病気の初期段階から末期に至るまでの症状の変遷とその治療方針をも適切にトレースすることが出来ることから、両者を縦横に組み合わせるような「ICDコードと漢方コードのダブル・コーディング」をWHO-FICの場で暫定的に提案している。WHO-FICにおいては、上記考え方が基本的には認められてきており、今後、伝統医学をICD11に盛り込むことがWHO‐FIC年次会議の場において議論される方向で検討が続いている。

3.国際標準化機構(ISO)の仕組みと国際標準化戦略
   (経済産業省・環境生活標準化推進室課長補佐・小倉悟氏 講演資料
  主な国際標準化機関には、@電気技術分野を扱うIEC、A通信分野を扱うITU-T、そして、Bそれ以外の全分野を扱うISO(国際標準化機構)がある。ISOでは、専門委員会(TC)・分科委員会(SC)・作業グループ(WG)等が、実質的な標準作りの場となっているが、これらの諸会合には日本からは、経済産業省に設置された日本工業標準調査会(JISC)が、関係省庁や業界と連携しつつ参加している。
  貿易の技術的障壁をなくす観点から、各国は国内の規格・標準等を設ける際には、既存の国際標準に準拠することが義務付けられている。このため、そうした規格・標準を自国産業にとって有利にすべく、欧米や中国等では国際標準作りに積極的・戦略的に関与するようになってきており、国際標準獲得を目指した熾烈な争いが繰り広げられている。
  こうした世界的な潮流の中で、日本においても、戦略目標を設定し、産官が連携しながら国際標準化の推進を近年積極化させてきている。

4.漢方医学の最近の国際動向について―ISO化をめぐる動きを中心に―
   (厚生労働省・医政局研究開発振興課 課長補佐・井本昌克氏 講演資料
  日本・韓国・中国における伝統医学は中医学を基点としつつ、長い歴史を経て各々の国内で独自に発展してきているが、近年、中国と韓国は伝統医療に関しそれぞれの制度の正当性を巡り、対立姿勢を鮮明化させつつある。こうした中で、韓国が鍼を中心に鍼灸の規格のISO化を進めている一方、中国はそれに対抗して、伝統医療全体のISO化について2つの提案を行った。
  中国の2提案をみると、一つは、既存のTC215(医療情報を対象とした専門委員会)で議論すること、もう一つは新たなTCを設置し検討することを要望しているが、いずれも同趣旨のものである。すなわち、医療の質の確保する観点を背景に、モノの標準化に留まらず、診断方法から薬・治療方法に至るまで広範囲に国際標準化の検討をすることを提案しており、また、標準的なISOでの議論と比べてかなりスピード感をもって検討をすすめることを想定している。
  TC新設の提案については、賛成票が多数を占めたが、日本・韓国を含む数カ国が反対したほか、上記の通り、同時にTC215のスコープを拡大する同趣旨の提案が同時になされたこと等もあり、ISOの技術管理評議会(TMB)では、「中国・日本・韓国を含む関心のある国々で事前会合(Preliminary meeting)を近々開催して提案の見直しを行い、新設の是非を含めて意見調整すべき」との決定がなされた。
因みに、日本では医療技術というものは特許権の対象として認めておらず、こうしたISO化の動きについて違和感はある。

5.特別発言
   (日本東洋医学サミット会議<JLOM>議長 寺澤捷年氏 講演資料
  JLOMとしては、今般の中国提案のように伝統医学の標準的診断・治療手技などをISOとして定めることには反対である。また、今回の国際標準化問題について関係諸団体の連携・意見集約を図り、国益を保護する観点から、厚生労働省に伝統医学を担当する専門家の部局の設置を要望する。
  また、関連する課題としては、日本国内の医学・薬学教育における伝統医学の位置付けの明確化・引き上げがあるが、JLOMとしては国内標準の設定に積極的に協力すする用意がある。すでに、2001年からコア・カリキュラムに漢方教育を取り入れる動きが多くの大学でみられる中で、標準的な教科書作りを進めてきているが、薬学・鍼灸を含め、国内教育の標準化を一段と推進していきたい。このほか、漢方生薬の資源確保・国内自給率の引き上げ、漢方エキス製剤の製法特許による国益の保護などにも努めていきたい。
  なお、すでに国内には中医薬学大学日本校が数校設置されており、中国への留学などを条件に「中医師」の免許が中国から与えられているのが実態。仮にISOにおいて中医学の医療技術が東洋医学の標準として認められるとなると、日本国内では医師法の下で医業を営むには日本の医師免許が必要であるという前提自体は変わらないとしても、医師免許についてのダブル・スタンダード化が進む惧れがあるので、留意する必要がある。

V.パネル討論
1.冒頭発言
(1)鈴木寛参議院議員(ビデオ出演)
  漢方に関するWHO/ICDの改訂作業が着々と進んでいることは大変喜ばしい。また、最近起こったISOでの問題についても、関係省庁の努力により徐々に的確な対応が出来ていることは有難く、今後とも注意深く見守っていただきたい。大事な時期なので遺漏ない対応が必要であり、オールジャパンで頑張っていく必要がある。
  日本としては、2つの大きな政策課題がある。
一つ目は、漢方をきちんと医療政策の重大な柱とすることである。漢方医療政策を統合的・戦略的に司り、取りまとめる専門的なセクション・担当を厚生労働省ないし内閣府に設ける必要性を痛感している。
二つ目は、国際問題への対応である。今や医療問題も国境を越えて世界の国々と相談・調整していくことが絶えず必要となっている。国際標準化は、国民の利益と世界全体の利益とを調和させつつ進めていく必要があるが、そうしたことについては多くの国民に理解してもらうことが重要であり、医療に従事する専門家にはそうした意識を広める努力をしていただけたら有難い。
無論、政治サイドでも、漢方・統合医療は重要と位置づけており、医療の国際化――特にアジアでの展開――について強い関心を持っている。これがさらに進むか失速するかは専門家集団の熱意がどれだけ国民に浸透していくかにかかっている。ぜひとも、「21世紀漢方フォーラム」においては、国民運動面・情報発信面の双方を支援していってほしい。

(2)木戸寛孝氏・医療志民の会事務局長
医療は専門化・複雑化しているのは事実であるが、一方、勤務医と開業医との間や、医師と患者との間で、いろいろ利害関係が絡んで関係者がばらばらになってしまっている。今、医療全体が非常に切羽詰っている状況にあって、医師・患者らが利害を超えて腹を割って集まれる場を作っていくことが大事である。医療というものは全ての国民に関わるものであり、そうした所謂サイレント・マジョリティに対してコミュニケーションをとっていくことが自分の役割であると考えている。
  2002年にオランダのハーグにおいてICC(国際刑事裁判所)という戦争犯罪を裁く常設裁判所が出来たが、これは国家主権を前提としている国際社会においては、非常に重要な出来事である。こうした中、自分は「ICCには日本政府も参画すべき」ということをロビー活動してきたが、その結果、民間人(国際NGO職員)の立場で今回の画期的な条約批准に関わることが出来た。
  上記ICCの場合と同様、国際的な医療の問題についても一人ひとりの市民の参画が大事である。今回の伝統医学の国際標準化の問題については、各国政府がしのぎを削ることになるが、最終的に法令化等について対処するのは役所等であるとしても、いろいろな動きを起こすのは市民であり、市民が政治家に働きかけることで議員連盟が出来、また役所が動くこととなる。

2.討議における主な意見
(1)ICD11に漢方医学が入ることの意義
<瀧村氏>
ICDは統計作成のための分類であるが、今般改訂されるICD11では様々な切り口で統計処理が出来るようにすることから、治療の安全性・有効性の評価、費用対効果の検証、国際比較や国際共同臨床研究等も可能となる。
この分類に国内で広く使われている漢方を入れることは、科学的なエビデンスがとれるという点でメリットは大きく、伝統医学にかかるTAGが出来ることは非常に喜ばしい。そこで議論されるコードが日本国内でも使えるものとなるよう、側面支援していきたい。

<寺澤氏>
  すでに現行のICD10において「弱質」という効能分類があり、このお陰で今の漢方薬において「体質虚弱」「胃腸虚弱」といった効能・効果を書くことが出来ている。このことからも分かるように、国際標準化にきちんと漢方関係の分類名等を載せていくことは重要である。

<フロアからの発言:首藤健治氏・厚生労働省大臣政策室政策官、WHO-FIC普及委員長>
  ICD11は(途上国においても簡便に使えるよう、ある意味で中途半端な分類に留まっていた)現行のICD10とは全く違う構造とすることを想定しており、先進国における多面的な医療情報の収集・分析に大いに役立つ分類となる。このICD11に漢方が入ることで、漢方の統計情報・エビデンスが充実することが期待される。

(2)ISOの重要性
<小倉氏>
  伝統医学の分野においては、あまり国際的なニーズが少なかったことから、ISOに対する関心が薄かったのかもしれないが、先進材料・機器、情報等の分野においてはISOは非常に重要な国際標準となっており、自社製品をISOに準拠させることなくして国際市場において商売が出来ないことから、日本でもメーカーの関心は非常に高い。医療機器の分野でも同様であり、日本国内で販売するものについても国際標準に合致させておく必要があるなど、日本の産業全体でみれば、国際標準化については非常に意識が高い。

<フロアからの発言・奥山典生氏 バイオ・テクノロジー標準化支援協会理事長>
  自分はバイオ・テクノロジーの標準化のためのNGOを作ったが、日本ではとかく業者主導となり消費者が忘れられる傾向にある。また、臨床医学の標準化については20年ほど関わってきたが、一旦日本国内で標準を作ったものの、その後ISOでも同様のものが出来て、それと整合化を図る作業が生じ、二度手間となったことも合わせ述べておきたい。

(3)ISOにおける今後の日本の対応
@中国の交渉姿勢と日本における早期体制整備の重要性
<フロアからの発言:清谷哲朗氏・TC215・WG1日本代表>
  中国代表団は、「TCM」(伝統中医学)という名称に非常にこだわっており、「C」(中国)という部分を検討対象の名前から落とすような妥協は絶対にしようとしない。
私見ではあるが、中国政府は、WHOの舞台における伝統医学の標準化が自国の思うようにならないので、ISOに戦線を移し、こちらで自国にとって有利な国際標準作りをしようとしているのではないか。実はISOというところは、常勤職員等も少なく、議長等も非常勤で構成されるなど、全般に弱体な組織であるのだが、そうした中で、中国政府に限ってみるとISO対応専門の職員を大勢抱えるなど、ISOでの国際標準化に強い意欲を見せている。
日本としては、こうした中国側の動きを勘案しつつ、建設的な議論が出来るよう、積極的かつ迅速に体制整備を進めるべきである。予算措置が必要で、とても手弁当でやれるレベルでないように思う。おそらくは、1年以内には伝統医療の標準化にかかる工程表が出来、ドラフトが完成していくことと考えると、秋口になるまでには日本国内の本格的な体制作りをしておくことが肝要である。
TC215が対象としている医療情報システム関係の国内市場規模が3000〜4000億円であるのに対して、東洋医学関係の国内市場規模は6000億円程度と聞いており、なんらかのかたちで産業界からの協力を仰ぐことが出来るのではないか。

<小倉氏>
本件は、国内の産業界においても利害関係は大きいはずなので、東洋医学関係の4学会の共同体であるJLOMでは、産官学問わず関心の高い人材を早期に集め、ISO問題に関する専門の対策委員会・国内審議委員会を立ち上げるべきである。
中国の諸提案に対しては、単に反対するのではなく、何をどういった理由で反対していくのか、また代替案としてどういう提案をしていくのか、しっかり主張できるように準備することが望ましい。

<木戸氏>
  国内の人材配置についてみると、最終的に国内意見を束ね、実施する部隊となるのは官庁であるのに、関係省庁における担当部署が多忙すぎる。今回の国際問題に対処するためには、責任の所在を明確に出来るよう、専担部署の設置ないし専属の責任者の配置が必要である。

<井本氏>
今回の件に限らず、厚生労働省は生活官庁であるため、国民の生活に密着した内容の業務を行っており、国民の要望に応えるために業務は増加する一方である。最近では公務員の削減ばかりが取り沙汰されるが、必要な部署には必要な人材が配置されるよう、国民の理解と世論の支援を望む。

<寺澤氏>
  学会としてものんびりしている場合ではない。JLOMが呼びかけ人となって、早期に本件に対応する緊急対応委員会を設置することとしたい。

<フロアからの発言:竹本治氏・癌患者>
国際標準化への適切な対応は患者にとっても非常に重要な問題である。仮に、今回の伝統医学の国際標準化が、漢方のノウハウを十分に反映しないかたちで出来上がった場合には、日本の医師もあらためて漢方と似て非なる伝統医学を勉強しなおす必要が出てくる可能性があり、漢方が日本人の体質を前提として診断・処方の臨床経験を積み上げてきたことを勘案すると、これは患者にとっても損失が大きいのではないか。一方、漢方の国際標準化を積極的に進めれば、漢方治療のエビデンスの集積が容易となることから、国民の健康増進にとって大いにメリットがもたらされることとなろう。
  こうしたことから、患者の立場からも、伝統医学の国際標準化の動きに対して日本の積極的な関与を是非ともお願いしたい。

A国際交渉ルールの遵守、他国との連携の重要性
<井本氏>
体制整備は重要である。ただ、ここで留意しておくべきことは、中国の提案を、はなから否定すべきではないということである。
漢方等の伝統医学は西洋医学と異なり西洋医学的な科学体系で検証することができていないため、現時点でその有効性及び安全性を立証することができていないものの、西洋医学で治療困難な疾病に対して有効性を発揮することが少なくないが現状である。
言い換えれば、各国に伝承された伝統医療の優劣を科学的に評価することは現時点では困難であると言わざるをえない。
このような状況において、国民・患者の視線で考えてみると、我が国の漢方医学だけを尊重し、他国の伝統医療を否定することは適当ではなく、むしろ、医療の機会・治療の選択肢を拡充していくことが患者にとって望ましいと考えられる。このため、中医学を否定するのではなく、また、中医学・韓医学と漢方とをむやみに統一するのでもなく、共存共栄することが大事である。今後の国際交渉においても、こうした視点を訴えていくことが肝要である。
戦略的には、国家間の交渉であるので政治的な圧力に屈しないように上手く立ち回る必要はあり、日本としては中国の動き等に対して決してヒステリックになることなく、国際ルールに沿ってきちんと反論していくこと、国際交渉の手順を踏んで議論していくことが国際社会において信頼を獲得するための要諦である。いずれにしろ、学術的な意見についてきちんと聞きながら、対処していくことが望ましい。

<小倉氏>
  今回のISOの交渉の図式をみると、少なくとも日本と韓国とは同盟を組める立場にある。ISOの交渉ルールによれば、TC(専門委員会)が出来る前に両国が強烈に反対すれば、中国としてもそれを無視して強引にことを進めることは出来ないはずであり、そういうことを訴えるルートはある。

<フロアからの発言:清谷氏>
  残念ながら、中国側の交渉スタンスをみると、国益最重視であって他国の意見を聞く姿勢はなく、前述の通り、TCMという名称からCを絶対はずさないといった強硬姿勢が目立っており、(日本や韓国と)共存共栄していこうというムードには乏しいように思える。
また、欧米の多くの国では、今回の伝統医学の国際標準化の問題は自国の関心の外にあるが、中国はそうした無関心の国々の中にサポーターを増やし、いわば国際ルールに則って自国の主張を通そうとしており、大変賢く動いている。
こうしたことからも、日本が今後の対応を怠ることは国益にとってリスクとなるので十分気をつける必要がある。

<渡辺賢治氏>
  今回の投票行動をみても、確かに、アルメニア、南アフリカなどが中国シンパとなっている。海外の国々において中国提案に反対したのは、(日本・韓国をのぞけば)中国に対する一般的な警戒心に基づくものであり、特段日本の主張等を支持しているからということではない。今後、日本のサポーターを増やしていく必要がある。

<首藤氏>
漢方は、まだまだ国際的には知られていない。漢方が根拠のない古臭い医療ではないことについて、各国の理解をもっと得られるようにしていくことが重要である。

<渡辺泰司氏>
タイ政府にJICA専門家として派遣された経験から、国際的な観点で、科学技術政策・産業政策における日本のプレゼンスの低さを強く感じる。例えば、太陽光発電パネルや光触媒といったせっかく日本発の優れた技術があっても、ドイツをはじめ欧州勢がそうした技術について(日本抜きで)標準化を進めるため、アジアの国々を味方につけ、手厚く支援しているのが実態である。また、タイでは、2000種以上の伝統的な植物(ハーブ)について、大学内に植物園を整備し、成分等のデータベースを作成し、欧米や一部は日本の企業との共同研究も始まっており、研究の面でも日本より進んでいるところもある。
これらの例に見られるように、アジアにおいては、欧米からはダイナミックな共働のアプローチが盛んに行われてきているが、日本は、そのような最新の情報(動き)さえ知らないのが実態である。このようなリアルタイムの内部の動きを知る上でも、日本の大学、研究所へ留学等をした経験のあるアジア等の人材の活用や、アジアの大学等に、より多くの日本人の研究者を派遣(留学)するなどして、もっと主体的・能動的に交流を深めるべきであり、そのためには日本の企業・政府の理解と継続的な支援が重要である。
日本は、標準化等を進めていく上でも、アジアをはじめとする世界各国において、日頃から仲間作りを地道にすすめることが必要である。視野を日本国内にとどめることなく、世界で何が起こっているのか、政府のみに任せるのではなく、大学・企業等様々なレベルで実際に動いている生の情報を集め、それらを活かしていく仕組み(ネットワーク オブ ネットワークス)を構築し、我が国としての主体的な戦略を関係者が一緒になって作っていくことが大事である。

BWHOにおける議論との切り分け
<寺澤氏>
WHOにおける鍼灸のツボの統一・用語の統一は、関係国が協力関係を維持してうまくいった経緯がある。今回の件も、医療技術の問題であるので、これはISOではなくWHOで標準化をすすめるべき分野であるという主張をWHO側から明確にすることは、戦術的にはどうなのか。

<フロアからの発言:清谷氏>
ISOではなく、WHOで取り扱うべき、という主張についてはかなりの国が耳を傾けるであろう。TC215の中で本件が議論されようとするのであれば、それはかなり説得力をもった議論になりうる。仮に今回の中国の主張が受け容れられて新しいTCが設置されることになったとしても、そのTCの中には当然WHOとのリエゾン機能は作られるはずであり、その中においてWHOで議論すべき範囲を明確にし、場所を移行させることは有用である。

以上

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